
インターホンが鳴った瞬間、嫌な予感がした。
ドアを開けると、そこに立っていたのは——義母と、見知らぬ初老の男。
数秒見つめて、やっと分かった。
「……ひろし?」
10年前に出て行った夫だった。
何事もなかったかのように家に上がり込み、義母も当然のように靴を脱ぐ。
「コーヒーある?俺はお茶でいい」
……は?
一瞬で空気が冷えた。
私は深呼吸して言った。
「ご用件は?」
義母は得意げに封筒を広げる。
中には豪華な家の設計図と外車のパンフレット。
「理想の二世帯住宅よ。遺産で建てて、みんなで住みましょう」
夫も続ける。
「家族は一緒が一番だろ?」
その言葉に、思わず笑いそうになった。
でも声は出なかった。
その時——
階段から娘が降りてきた。
図面を見て、ふっと笑う。
「ほらね、お母さん。言った通りでしょ」
私も思わず吹き出した。
義母と夫は、それを“同意の笑い”だと勘違いしたらしい。
「やっぱり家族だものね!」
次の瞬間、娘の表情が変わった。
「虫が良すぎるんじゃない?」
空気が止まる。
「10年間、母子家庭みたいに放置しておいて、遺産の匂いがしたら“家族”?」
「正直、都合よすぎて笑えるんだけど」
夫の顔が歪む。
「俺を追い出したのはお前たちだろ」
……は?
娘が即座に返す。
「風邪で寝込んでる母親と子どもに“俺の飯は?”って言った人が?」
「それで出て行って10年帰らなかったの、誰?」
完全に言葉を失う夫。
義母も目を逸らす。
そこで私は、静かに口を開いた。
「十年の別居は、もう十分です」
夫が焦ったように言う。
「俺は生活費を振り込んでた!」
「父親の役目はそれだけじゃない」
学校行事も、受験も、就活も。
全部、二人で乗り越えた。
あなたはいなかった。
義母が慌てて口を挟む。
「三億円の遺産で家を建てれば——」
私は思わず笑った。
「三等分を三億って思ってたの?」
「残念だけど、そんなに残ってないよ」
その瞬間、義母の顔が崩れた。
完全に当てが外れた顔だった。
それがすべてだった。
三ヶ月後、離婚は成立した。
その間、復縁を迫る連絡は一日何十通。
すべて保存して、法的対応を伝えたら止まった。
娘は春から一人暮らしを始める。
私は正社員として働きながら、新しい生活を始める。
10年。
長かった。
でも——
あの時間があったから、今がある。
私は娘と顔を見合わせて笑った。
「これからは、自分の人生を使うわ」
娘も笑って言った。
「やっとだね」