
その一言で、完全にスイッチが入った。
「ルールなので」
それだけで終わらせるつもりなんだ。
一瞬、言い返す言葉が出なかった。
でも、そのまま黙るわけにはいかなかった。
「分かりました。でも確認させてください」
できるだけ冷静に、声のトーンを落とした。
「明日までに退園っていうのは、転園先が決まってなくても、そのまま出て行く前提ですか?」
少しだけ、間があった。
「はい、原則としてはそうなります」
原則。
その言い方に、また引っかかる。
「例外はありますか?」
さらに聞いた。
電話の向こうで、わずかに言葉が詰まる。
「…基本的には、ありません」
曖昧だった。
そこを逃さなかった。
「“基本的には”ということは、ケースによっては対応できるという理解でいいですか?」
一拍。
「……一度、上に確認いたします」
その言葉で、空気が変わった。
保留音が流れる。
さっきまで一方的だった会話が、初めて止まった。
数分後。
電話が戻る。
「少しお時間をいただければ、期限について再検討できます」
やっと、話が動いた。
私はすぐに続けた。
「転園先が決まるまでの猶予はどれくらい可能ですか?」
「最長で一週間ほどになります」
一週間。
たったそれだけ。
でも、“明日まで”とは全く違う。
一気に視界が開けた気がした。
電話を切ったあと、すぐに動いた。
近くの幼稚園を調べて、問い合わせる。
見学の予約を入れる。
必要な書類を整理する。
やることは山ほどあった。
でも、不思議と手は止まらなかった。
さっきまで感じていた焦りが、
少しずつ「やるべきこと」に変わっていく。
ふと視線を落とすと、子どもが床で遊んでいる。
何も知らずに笑っている。
その姿を見て、思った。
この子の居場所を、絶対に失わせたくない。
そのためなら、いくらでも動く。
確かに、ルールはある。
園にも事情があるのかもしれない。
でも——
それを理由に、全部を一方的に押し付けていいわけじゃない。
何も言わなければ、
“明日まで”で終わっていた。
でも、一つ一つ聞いていけば、
少しずつでも変わる余地はあった。
完璧な解決じゃない。
不安も、まだ消えていない。
それでも——
あのまま何もせずに終わるよりは、ずっといい。
私は書類を机に置いて、深く息を吐いた。
もう、止まらない。
このまま、できることを全部やる。