
幼稚園の門の前に立った時、足が止まった。
正直、来るべきじゃなかったかもしれないとさえ思った。
でも、あの電話の違和感がどうしても消えなかった。
職員室に通され、先生に向き合う。
「弥生のお迎えって、どういうことですか?」
そう聞いた瞬間だった。
廊下の奥から、小さな声。
「……ママ?」
心臓が止まったかと思った。
振り返ると、そこにいたのは——
弥生だった。
一年前、“事故で亡くなった”と聞かされた娘。
そのままの姿で、そこに立っていた。
私は動けなかった。
夢かと思った。
でも、弥生は私を見るなり走ってきた。
「ママ!」
抱きつかれた瞬間、分かった。
温かい。
ちゃんと生きてる。
涙が止まらなかった。
「弥生……」
声が震えて、うまく言えない。
でも、その時間は一瞬で壊された。
「弥生!」
後ろから鋭い声。
振り返ると、義母が立っていた。
私を見るなり、顔色が変わる。
「あなた、誰ですか?」
……は?
頭が追いつかない。
「どういうことですか。弥生は——」
言い終わる前に、義母は弥生の腕を掴んだ。
「その女から離れなさい!」
弥生は泣きながら私にしがみつく。
でも、義母は無理やり引き離した。
そのまま連れて行こうとする。
私は何もできなかった。
ただ、立ち尽くすしかなかった。
その後、先生から話を聞いた。
弥生はこの一年、普通に通園していた。
送り迎えは義母。
生活も、ずっと続いていた。
私は、その場で全てを理解した。
“死んだことにされていた”だけだった。
その夜、私は元夫の店へ向かった。
そして見た。
赤ん坊を抱いた女。
弥生を叱る義母。
そして——
その女が、入院中に世話を任せた歩美だった。
すべて繋がった。
不倫。
男の子の出産。
跡取り。
そして——
弥生を消した。
私は弁護士と一緒に店に入った。
録音を流す。
歩美の証言。
義母の指示。
元夫の関与。
店内が凍りついた。
元夫は崩れた。
「母さんが…跡取りが必要で…」
義母も叫ぶ。
「全部この店のためよ!」
その言葉で、すべてが終わった。
結果——
元夫は離婚。
慰謝料と養育費。
店は信用を失い、廃業。
義母も家を追われた。
そして私は——
弥生を取り戻した。
あの日、あの電話がなければ、
私は一生、娘を失ったままだったと思う。
今、弥生は私の隣で眠っている。
小さな寝息を聞きながら、
私はやっと実感した。
もう、誰にも奪わせない。