数年前、仲のいい友達のお父さんが白血病になった。
その知らせを聞いた時、私は何もできなかった。
「大丈夫?」
そんな言葉しか出てこない自分が情けなかった。
それがきっかけで、初めて骨髄バンクのことを調べた。
登録しても必ず誰かを助けられるわけじゃない。
適合する可能性も低い。
それでも、「いつか誰かの役に立てるなら」と思って、私はドナー登録をした。
数週間後、その友達と会う機会があった。
何気ない会話の流れで私は言った。
「直接役に立てるわけじゃないけど、ドナー登録してきたよ。」
友達は少し驚いた顔をしたあと、小さく笑って言った。
「ありがとう。本当に嬉しい。」
私は、その一言で十分だった。
ところが、その場にいた別の友達が急に口を開いた。
「なんでわざわざ言ったの?」
私は意味が分からず聞き返した。
「え?」
すると、その子は続けた。
「役に立つかも分からないのに、わざわざ報告する必要ある?『ありがとう』って言わせたいだけみたい。
」
その場の空気が一気に重くなった。
私は何も言い返せなかった。
善意だと思っていた行動が、誰かには偽善に見えてしまうんだと知った。
帰り道、ずっとその言葉が頭から離れなかった。
「私、余計なこと言ったのかな。」
「黙って登録すればよかったのかな。」
それから何年も経った今でも、白血病のニュースを見るたびに、あの日を思い出す。
「あの時の私は間違っていたのかな。」
そう考えることもある。
でも、そのたびに思い出すのは、あの友達の「ありがとう」という言葉だ。
あれは社交辞令じゃなかった。
「自分の家族のことをきっかけに、誰かが一歩踏み出してくれた。」
その事実が嬉しかったんだと思う。
今でも、あの日の答えは分からない。
善意は、黙っている方が美しいのか。
それとも、誰かの背中を押すためには、時には口にしてもいいのか。
ただ一つ言えるのは、もしもう一度あの日に戻っても、私はきっと同じようにドナー登録をする。