元女番長だった、なんて今では誰も知らない。
結婚して、子どもができて、
普通の生活をしている。
それでいいと思ってた。
過去なんて、もう関係ない。
そう思っていた。
その日も、ただの休日だった。
娘のエリカとショッピングモールに来ていた。
手をつないで、他愛もない話をしながら歩いていた。
それだけだった。
その時だった。
男がぶつかってきた。
わざとだった。
避けられる距離なのに、まっすぐ突っ込んできた。
エリカの体がよろける。
思わず手を引いた。
「大丈夫?」
そう声をかけた瞬間、男が笑った。
「ババアに用ねぇよ」
空気が一瞬で変わった。
「その娘、貸せよ」
意味が理解できた瞬間、背中が冷えた。
怒りより先に、危機感が来た。
これは冗談じゃない。
完全にアウトだ。
エリカが私の後ろに隠れた。
小さく震えている。
それを感じた瞬間、スイッチが入った。
昔の感覚が戻る。
距離、視線、動き。
全部、一瞬で計算される。
「やめて」
低く言った。
男は笑ったまま近づいてくる。
「何?やんの?」
その一歩を見た瞬間、体が勝手に動いた。
手首を取って、重心を崩す。
力じゃない。
タイミング。
一瞬でバランスを崩した男が、地面に落ちる。
周りがざわつく。
でも止まらなかった。
起き上がろうとした動きを抑える。
視線を外さない。
「それ以上やるなら、本気で止める」
声は冷静だった。
昔と同じ。
男の表情が変わった。
初めて“危ない”と気づいた顔だった。
でも、まだ完全には引いていない。
その時だった。
「何してる!」
後ろから声が飛んだ。
振り返るまでもなく分かった。
旦那だ。
警察官として働いている。
エリカが連絡していたらしい。
男は一瞬で態度を変えた。
でも遅い。
すぐに取り押さえられた。
騒ぎは一気に収まった。
私はその場に立ったまま、息を吐いた。
エリカがそっと手を握ってきた。
「お母さん……」
不安と驚きが混ざった声だった。
私はゆっくりしゃがんで、目を合わせた。
「大丈夫だよ」
それだけ言った。
帰り道、エリカが聞いてきた。
「どうしてそんなに強いの?」
少しだけ迷った。
でも、隠す必要はないと思った。
「昔ね、ちょっとだけ強かったの」
笑ってごまかした。
でも、本当は違う。
強かったんじゃない。
守るしかなかっただけだ。
そして今も同じだ。
守るものがあるから、強くなる。
それだけだった。
私はエリカの手を握り直した。
もう二度と、あんな思いはさせない。
そう、静かに決めた。