父の葬儀を終えた私は、その足で病院へ戻った。院長室の扉を開けた瞬間、息をのんだ。父の椅子に座っていたのは、いとこの永山大祐だった。隣には事務次長の白岡誠一が立っている。
大祐は足を組み、「戻ってきたの?辞めたのかと思った」と笑った。白岡も「礼子さんが来ないので事務長は私が引き受けました」と続ける。さらに大祐は机を叩き、「院長もいないし、しばらく俺が院長代理な」と言い放った。
私は二人を見つめ、静かに告げた。
「その席、降りてください」
だが大祐は鼻で笑い、「ここはもう俺の席だ」と返す。白岡まで「礼子さんはミスが多いですし、事務員でも感謝すべきでは」と笑った。
その日の夕方、私は理事会を開いた。規定により、院長急逝時の後継は理事会が決める。そして決定した。
新院長は、永山礼子。
私は理事であり、唯一の常勤医師資格を持つ理事だった。
翌朝、院長として出勤すると、机の上に退職届の束が山積みになっていた。そこへ大祐と白岡が入ってくる。
「見た?これ全部退職届」
「百人分です」
大祐は机に手をつき、「お前が院長なら皆辞めるってさ」と笑った。病院職員のほぼ全員だった。
私は束を整えながら答えた。
「そうですか。どうぞどうぞ」
二人は固まる。私は続けた。
「辞めたい方を引き留めるつもりはありません。全て受理します」
白岡が青ざめ、「病院が潰れますよ」と叫ぶ。私は穏やかに「それは困りますね」と返した。二人は「明日には閉院だ」と笑いながら去っていった。
その夜、私は電話をかけ続けた。大学病院の後輩、医局の仲間、看護学校の同期たちへ。
「手伝ってほしい」
父がよく言っていた。医者は肩書きではなく、人で動くと。
翌朝、駐車場には見慣れない車が並んでいた。受付には白衣の医師が十人以上、看護師も二十人ほど集まっていた。
「礼子先生、呼ばれて飛んできました!」
「永山先生には昔お世話になりました!」
三十人以上が応援に来てくれた。そこへ出勤した大祐と白岡が立ち尽くす。
私は告げた。
「今日から臨時スタッフです」
その時、昨日退職届を出した看護師長が現れ、深く頭を下げた。後ろには職員たちが並んでいる。
「副院長に強制されたんです」
「退職届を書けと脅されました」
「録音もあります」
病院中が静まり返った。大祐は「違う、冗談だ」と慌てる。私はまっすぐ見た。
「副院長、説明してください」
その日の理事会で、大祐と白岡は即日解任。不正調査も始まった。
一週間後。診察室の前で子どもが絵本を差し出した。
「先生、読んで!」
私は笑って受け取り、窓から差す朝日を見た。そして父の写真に手を合わせ、小さくつぶやいた。
「お父さん。病院、守れましたよ」