父が急逝し院長になった私。翌日、机に退職届が100人分…副院長「お前が院長ならみんな辞めるってw」私「どうぞどうぞ!」→翌日w
2026/04/29

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父の葬儀を終えた私は、その足で病院へ戻った。院長室の扉を開けた瞬間、息をのんだ。父の椅子に座っていたのは、いとこの永山大祐だった。隣には事務次長の白岡誠一が立っている。

大祐は足を組み、「戻ってきたの?辞めたのかと思った」と笑った。白岡も「礼子さんが来ないので事務長は私が引き受けました」と続ける。さらに大祐は机を叩き、「院長もいないし、しばらく俺が院長代理な」と言い放った。

私は二人を見つめ、静かに告げた。
「その席、降りてください」

だが大祐は鼻で笑い、「ここはもう俺の席だ」と返す。白岡まで「礼子さんはミスが多いですし、事務員でも感謝すべきでは」と笑った。

その日の夕方、私は理事会を開いた。規定により、院長急逝時の後継は理事会が決める。そして決定した。

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新院長は、永山礼子。
私は理事であり、唯一の常勤医師資格を持つ理事だった。

翌朝、院長として出勤すると、机の上に退職届の束が山積みになっていた。そこへ大祐と白岡が入ってくる。

「見た?これ全部退職届」
「百人分です」

大祐は机に手をつき、「お前が院長なら皆辞めるってさ」と笑った。病院職員のほぼ全員だった。

私は束を整えながら答えた。
「そうですか。どうぞどうぞ」

二人は固まる。私は続けた。
「辞めたい方を引き留めるつもりはありません。全て受理します」

白岡が青ざめ、「病院が潰れますよ」と叫ぶ。私は穏やかに「それは困りますね」と返した。二人は「明日には閉院だ」と笑いながら去っていった。

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その夜、私は電話をかけ続けた。大学病院の後輩、医局の仲間、看護学校の同期たちへ。
「手伝ってほしい」
父がよく言っていた。医者は肩書きではなく、人で動くと。

翌朝、駐車場には見慣れない車が並んでいた。受付には白衣の医師が十人以上、看護師も二十人ほど集まっていた。

「礼子先生、呼ばれて飛んできました!」
「永山先生には昔お世話になりました!」

三十人以上が応援に来てくれた。そこへ出勤した大祐と白岡が立ち尽くす。

私は告げた。
「今日から臨時スタッフです」

その時、昨日退職届を出した看護師長が現れ、深く頭を下げた。後ろには職員たちが並んでいる。

「副院長に強制されたんです」

「退職届を書けと脅されました」
「録音もあります」

病院中が静まり返った。大祐は「違う、冗談だ」と慌てる。私はまっすぐ見た。

「副院長、説明してください」

その日の理事会で、大祐と白岡は即日解任。不正調査も始まった。

一週間後。診察室の前で子どもが絵本を差し出した。
「先生、読んで!」

私は笑って受け取り、窓から差す朝日を見た。そして父の写真に手を合わせ、小さくつぶやいた。

「お父さん。病院、守れましたよ」

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