それは、ただのお願いから始まった。
土曜日の午前中。
インターホンが鳴って、出てみると隣の奥さんだった。
「息子が車を買ったんだけど、駐車場が借りられなくてね」
その時点で、少し嫌な予感がした。
「お宅の駐車場、少しだけ貸してもらえない?」
やっぱり来た。
うちは今車はないけど、将来使う予定のスペースだ。
空いてるからといって、自由に使っていい場所じゃない。
「すみません、無理です」
私はその場で断った。
すると奥さんの表情が変わった。
「え?でも今使ってないでしょ?」
「使ってなくても、うちの敷地なので」
できるだけ冷静に返した。
でも、向こうは引かなかった。
「息子がかわいそうでしょ?」
——知らない。
その一言が、正直頭に浮かんだ。
でも口には出さず、もう一度はっきり言った。
「お断りします」
それで終わると思っていた。
でも終わらなかった。
翌日。
外が騒がしいと思って出てみると、見慣れない大型トラックが停まっていた。
車両運搬車。
そして、明らかにうちの駐車場を見ている。
嫌な予感が現実になった。
作業員がこちらに気づいて声をかけてきた。
「こちらで間違いないですか?」
「違います」
私は即答した。
「うちは頼んでいません」
作業員が困った顔で伝票を確認する。
「○○様から、この住所でと……」
その瞬間、隣の奥さんが駆け寄ってきた。
「大丈夫です!ここに置かせてもらう話、ついてますから!」
……は?
一気に血の気が引いたあと、逆に冷静になった。
「ついていません。昨日、はっきり断りましたよね?」
奥さんは顔をしかめた。
「ちょっとくらいいいじゃない!もうトラック呼んじゃったんだから!」
完全に既成事実を作りにきている。
「それはそちらの都合です」
私は一歩も引かなかった。
「うちの敷地に無断で置くことは認めません」
周りの視線が集まり始める。
作業員も明らかに困っていた。
私ははっきりと言った。
「ここには降ろせません」
作業員は少し考えてから、頭を下げた。
「申し訳ありません、対応できません」
その一言で流れが決まった。
奥さんが声を荒げる。
「信じられない!ご近所なのに!」
「助け合いもできないの?」
私は淡々と返した。
「助け合いは強制じゃありません」
「しかも無断で進めるのは違いますよね」
それ以上、言葉は必要なかった。
トラックはエンジンをかけて、そのまま去っていった。
奥さんは最後まで納得していない顔だったけど、何もできなかった。
その日の夕方、自治会から連絡が来た。
どうやら、他の家にも同じことを頼んでいたらしい。
全部断られていたとのこと。
そして、正式に注意が入った。
後日、その車はコインパーキングに停められていたと聞いた。
高い料金がかかったらしい。
でも、それはうちには関係ない。
あの時、少しだけ罪悪感があったのも事実だ。
でも今ははっきり言える。
無理なものは無理でいい。
境界線を守ることは、冷たいことじゃない。