中村紗希、五十一歳。商店街で弁当屋「紗希屋」を営み、再婚した達也と暮らしていた。
元日の朝、私たちは手土産を持って義実家へ行った。玄関を開けた義母は「あら、早く入りなさい」と言うだけだった。リビングでは義父、医師の義兄・雅彦、その妻・律子、息子の健太が暖房前の席に座っていた。私たちは出入り口近くの寒い端の席だった。
私が「あけましておめでとうございます」と頭を下げると、雅彦は笑って「弁当屋さんも来たんだ」と言った。食卓には豪華なおせちや刺身が並ぶ。だが私たちの前だけ何もない。義母が運んできたのは鍋いっぱいの雑炊だった。
達也が戸惑いながら「母さん、俺たちのおせちは?」と聞く。
雅彦は箸を止め、「おせちは家族分だけ。分かるだろ」と笑った。律子も義母も笑う。
家族分だけ。つまり私たちは家族ではない。達也の肩が落ちた。私は箸を置いた。
「帰ろっか……」
達也が小さく言う。
「そうね」
私は立ち上がり、「ごちそうさまでした。家族分だけなんですよね」と告げた。見送りもなく扉が閉まった。外で達也は「ごめん」と謝った。
私は首を振った。
「あなたのせいじゃない。私たちは家族になれないって分かっただけ」
帰宅後、私は東京で会社を経営する息子・廉に電話した。岐阜の病院の給食委託の件を確認すると、決裁者の一人が義兄・雅彦だった。
私は言った。
「うちの弁当の提案、全部止めて。店の名前も使わないで」
廉はすぐ答えた。
「分かった。母さんが嫌なら動かない」
翌朝、携帯が鳴り続けた。着信は雅彦からだった。十件、二十件、やがて百件近い。昨日“家族分だけ”と言った男が、今日は助けを求めている。
私は達也を見た。
「出なくていい」
達也はうなずいた。
「うん。もう帰ろうって言える」
私は着信拒否を押し、店のシャッターを開けた。
家族分だけ。そう決めたのは向こうだ。
ならば、私たちの温かい席も笑顔も、これからは私たちの家族分だけだった。