「限界だ。母さん、出てってくれ」
息子の京田が吐き捨てるように言った。私は耳を疑い、その場で固まった。すると隣の嫁・舞子が冷たく続けた。
「明日から施設に入ってもらいます。一人暮らしは危ないですから」
つい昨日まで生活費として毎月三十万円を私に払わせていた二人が、今度は認知症扱いして追い出そうとしている。私は深く息を吐き、二人を見た。
「その決断、後悔しないでね?」
京田は鼻で笑った。
「しねぇよ」
私は生駒さゆり、六十九歳。数か月前に夫・恭四郎を亡くした。私は若い頃からパン屋で修業し、「リリーベーカリー」を開業した。食パンとクロワッサンが評判となり、県内十店舗まで広げた。今は娘の彩花に経営を任せ、半分引退している。
恭四郎と再婚した時、彼には前妻の子が二人いた。兄の京田と妹の彩花だ。私は二人の母になる覚悟だった。だが京田は子供の頃から金遣いが荒く、何かと金を要求した。私は嫌われたくなくて厳しくできなかった。
やがて京田は家を出て、何年も連絡をよこさなかった。久しぶりに戻ってきた時、「結婚したい人がいる」と舞子を連れてきた。美しく礼儀正しい女性だったが、今思えば家を見定めていたのだろう。
夫が亡くなると二人は突然現れた。
「母さん一人じゃ心配だから、一緒に暮らそう」
そう言って引っ越してきた。舞子は家事を引き受けると言い、生活費用のカードを預かった。私は通帳だけは自分で管理した。
三か月後、記帳した私は凍りついた。入金はゼロ。九十万円以上が消えていた。食費、旅行、買い物、すべて私の口座からだった。
その夜、私は問いただした。
「生活費を一円も入れてないわよね?」
京田は酒を飲みながら笑った。
「母さん金持ってんだろ。ケチケチすんなよ」
舞子も肩をすくめた。
「お義母さん、最近忘れっぽいですよ?」
そして冒頭の追放宣言だった。
一か月後、私は本当に家を出た。ただし施設ではなく高級マンションへ移った。同時に弁護士から京田夫婦へ書類が届く。そこには家の所有者が私ではなく彩花だと記されていた。
実は私は数年前、家も会社の資産もほとんど彩花へ譲っていた。信頼できる経営者は彼女だけだったからだ。つまり京田夫婦は、他人の家を乗っ取ろうとしていたことになる。
数日後、京田から電話が来た。
「母さん、少し話が……」
私は静かに答えた。
「あなたが言ったでしょ。後悔しないって」
そう告げて電話を切った。
人は年を取る。だが弱くなるわけではない。長く生きた分だけ、人を見る目は鋭くなるのだ。