正直、限界は近かったと思う。
昇進してからというもの、評価よりも監視の方が強くなった。
結果を出しても素直に認められない。
少しでも隙を見せれば、すぐに突かれる。
特に隣の席の同期は、毎回の会議で私の提案に細かく口を挟んできた。
表面上は冷静な指摘でも、明らかに潰しに来ているのが分かる。
それが積み重なって、気づけば常に気を張っている状態だった。
そんな中で取った有給。
三日目の昼、ポストに入っていた一通の封筒。
差出人を見た瞬間、嫌な予感しかしなかった。
新しく来たばかりの部長。
中を開けると、そこには一枚の紙。
退職届。
しかも、自分の名前はすでに印字されていて、あとは署名するだけ。
普通なら怒る場面だと思う。
でも、その時の自分は違った。
思わず口に出たのは、
「マジで助かる」
だった。
その瞬間、ずっと抱えていた違和感がはっきりした。
ここは、頑張る場所じゃない。
消耗する場所だ。
若手の成果を歓迎しない組織に、これ以上自分の時間を使う意味はない。
そう思ったら、一気に気持ちが軽くなった。
その場でペンを取り、名前を書いた。
ためらいはなかった。
封筒に入れて、その日のうちに返送した。
出社してからのやり取りも、最低限で済ませた。
連絡は来たが、必要なことだけを淡々と返す。
それ以上の会話はしなかった。
すでに気持ちは切り替わっていた。
残りの有給期間で、すぐに動いた。
ちょうど目の前のビルに入っているライバル会社に応募した。
面接では、これまでとは全く違う空気だった。
数字だけでなく、その裏の判断や考え方まで丁寧に聞かれた。
「課長として何を守り、何を変えたのか」
その質問に答えながら、初めて呼吸が楽になる感覚を覚えた。
ここなら、ちゃんと見てもらえる。
そう確信した。
結果はすぐに出た。
内定。
条件も環境も、前より明らかに良かった。
転職初日、オフィスの窓から前の会社のビルが見えた。
あの場所で消耗していた自分が、少し遠くに感じた。
後から聞いた話では、あの同期は今も同じ席にいるらしい。
変わらず、誰かの足を引っ張りながら。
でも、もう関係ない。
あの退職届は、追い出すためのものだったのかもしれない。
でも結果的に、それは違った。
あれは、自分にとっての出口だった。
あの一枚がなければ、まだあの場所で無駄に耐えていたかもしれない。
同じ能力でも、場所が違えば評価は変わる。
それを実感した。
あの退職届は、屈辱じゃなかった。
最短で抜け出すための“解放状”だった。