電車の優先席に座っていたときのことだった。
その日は朝から足の調子が悪く、義足の接合部に痛みが出ていた。見た目だけでは分かりにくいが、長時間立っているのはかなり厳しい状態だったため、私は空いていた優先席に腰を下ろした。
すると、次の駅で乗ってきた中年男性が、私の前で突然立ち止まった。
「おい、若いのに何座ってんだ。立てよ!」
車内に響くほどの大声だった。
私は一瞬、何を言われたのか分からず顔を上げた。男性はさらに顔を赤くして続けた。
「みっともない!優先席の意味も分からないのか!」
周囲の乗客の視線が一斉に集まった。説明しようかとも思ったが、その怒鳴り方に胸の奥が冷たくなった。
私は何も言わず、静かに靴を脱いだ。
そして、ズボンの裾を少し上げ、義足を固定している部分を外した。
車内の空気が一瞬で凍りついた。
さっきまで怒鳴っていた男性は、目を見開いたまま固まり、口をぱくぱくさせるだけだった。隣に座っていた女性が小さく「大丈夫ですか」と声をかけてくれ、近くの高校生が「見た目だけで決めつけるの、よくないですよ」と男性に言った。
男性は顔を真っ赤にしたまま、次の駅で逃げるように降りていった。
私は義足を戻しながら、静かにため息をついた。
優先席に必要なのは、怒鳴る正義感ではない。相手の事情を想像する、ほんの少しの思いやりなのだと思った。