仕事帰り、私は作業着のまま高級店へ入った。
その日は現場対応が長引き、髪も服もひどい状態だった。だが、どうしてもその店で母への退職祝いを選びたかった。長年苦労してきた母に、少しでも良い物を贈りたかったのだ。
店内に入った瞬間、店員の視線が私の足元から頭までゆっくり動いた。まるで場違いなものを見るような、冷たい目だった。
それでも私は気にしないふりをして尋ねた。
「母への贈り物を探しているんですが、おすすめはありますか?」
すると店員は鼻で笑うように言った。
「そういうことを気にするようなお客様は、あまりいらっしゃいませんが」
その一言に、胸の奥が静かに冷えた。
帰ろうとしたその時、奥から年配の男性が現れた。店長だった。
「今の言葉は、接客としてあまりに失礼です」
店長は深く頭を下げ、私に丁寧に席を勧めた。そして母の年齢や好みを聞きながら、一つ一つ商品を説明してくれた。
結局、私は母に似合いそうな上品なバッグを購入した。
会計後、店長は再び頭を下げた。
「大切な贈り物を選ぶお客様に、身なりで優劣をつける資格など、私たちにはありません」
その言葉に、さっきまでの悔しさが少しだけ溶けた。
後日、母はそのバッグを抱きしめて泣いた。
人の価値は、服装では決まらない。誰かを思う気持ちこそ、本当に見るべきものなのだと思った。