銀行員だった父が、突然退職して家に戻ってきた。
父は長年、出世候補だと言われていた。だがある時期から本部への異動話が消え、気づけば出世ルートから外されていたらしい。母は心配していたが、父は理由をほとんど語らなかった。
そして退職したその日、父は大きな荷物を持って帰宅した。
玄関に入るなり、父は家族全員を居間に集めた。ソファには、何年も働かず家にいる兄が、いつものようにスマホを見ながら寝転がっていた。
父は静かに言った。
「まず、穀潰しを追い出します」
兄は顔色を変えた。
「は?俺のことかよ!」
父は一枚の封筒をテーブルに置いた。中には、兄名義で作られた借金の明細と、母がこっそり肩代わりしてきた記録が入っていた。
「私は銀行員として、人の金の流れを見てきた。だが一番見落としていたのは、この家の中だった」
父の声は怒鳴り声ではなかった。だからこそ重かった。
さらに父は続けた。
「退職金は家族の再出発のために使う。だが、お前の借金返済には一円も使わない」
兄は母に助けを求めたが、母も涙をこらえながら首を横に振った。
「もう、甘やかさない」
翌週、兄は家を出された。父は再就職の準備を始め、母も少しずつ笑うようになった。
父が失ったのは出世だけではなかった。だが、家族を立て直す覚悟だけは、誰よりも強く持って帰ってきたのだった。