子どもの通う野球チームでの出来事だった。私は仕事の都合で手伝いを断っただけのはずだった。しかし、その一言が思わぬ騒動を招くことになる。
「みんなやってるのに、あなただけ断るの?」
そう詰め寄ってきたのはママ友の優実だった。険しい表情に違和感を覚えた次の瞬間、彼女は近くにあったバットを掴み、ためらいなく私に振り下ろした。
鈍い衝撃とともに視界が揺れる。鼻に走る激痛――骨が折れたと直感した。
「これが罰よ。断るからこうなるの」
優実は嘲笑を浮かべながら続ける。「うちの夫、ヤクザなの。被害届なんて出したら、山に埋めるわよ?」
その言葉に、周囲は凍りついた。だが私は、崩れそうになる意識の中で、あえて一歩前に出た。
「……上等です」
静かに、しかしはっきりと告げる。
「だったら、あなたの旦那さんと組長を呼んでください。
警察より、もっと厳しい現実を見せてあげます」
その一言で、優実の表情がわずかに揺らいだ。
やがて彼女の夫が現れた。威圧的な態度でこちらを睨みつけるが、私は目を逸らさない。むしろ一歩も引かず、真正面から向き合った。張り詰めた空気の中、誰も口を開かない時間が流れる。
やがて、彼は小さく舌打ちをすると、優実の腕を掴んだ。「もういい、帰るぞ」その声には、先ほどまでの威勢はなかった。
優実は何か言いかけたが、結局言葉を失い、そのまま連れて行かれた。
残されたグラウンドに、静寂が戻る。私は息子の手を取り、その場を後にした。痛みは消えない。だが、それ以上に胸の奥にあったのは、恐怖ではなく確かな決意だった。
理不尽に屈しないこと。誰に脅されようと、自分の意思を曲げないこと。
あの日、私はそれをはっきりと学んだのだった。