「大丈夫ですよ。前から付いていた傷ですから。」
そう言われたから、私は安心してしまった。
ベンツにぶつけたのは私のミスだ。
だから逃げるつもりも、ごまかすつもりもなかった。
でも、その場で車のオーナー本人が、
「これは前からあった傷だから。」
「気にしなくていいですよ。」
そう何度も言ってくれた。
私は何度も謝り、それでも相手は笑顔で帰っていった。
「なんて器の大きい人なんだろう。」
本気でそう思っていた。
ところが三日後。
一本の電話で、その印象は一瞬で崩れた。
「メルセデス・ベンツ正規ディーラーです。」
修理費は38万円。
思わず聞き返した。
「でも、ご本人は前からあった傷だって…。」
その日の夜、オーナー本人に電話すると、返ってきた言葉はもっと衝撃だった。
「その場で揉めたくなかっただけです。」
「修理代は修理代ですから。」
一瞬、頭が真っ白になった。
つまり、あの優しそうな笑顔も、
「気にしなくていいですよ。」
という言葉も、
全部、その場を早く終わらせるためだけだった。
私は怖くなった。
38万円なんて簡単に払える金額じゃない。
でも、このまま言われるまま払うのも違うと思った。
そこで思い出した。
事故の時、ドライブレコーダーは録画したままだった。
急いで映像を確認すると、
私が謝る声。
そして相手が、
「前からあった傷ですよ。」
「気にしなくていいです。」
とはっきり話している音声が残っていた。
私はすぐ保険会社へ連絡し、
ドライブレコーダーの映像と音声を提出。
さらに警察にも事故状況を説明した。
担当者は映像を確認すると、
「この発言が残っている以上、相手側の主張だけで38万円全額を請求するのは難しいですね。」
と言ってくれた。
その後、保険会社が相手と交渉を始めると、
あれだけ強気だったオーナーは急に態度を変えた。
電話も来なくなり、
ディーラーからの請求も止まった。
最終的には、私が実際に負担する金額は大幅に減額された。
もちろん、ぶつけた責任は私にある。
そこは最後まで認めた。
でも、
その場で「前からあった傷」「気にしなくていい」と言っておきながら、
後日になって高額請求するやり方まで受け入れる必要はない。
あの日、私はベンツのエンブレムを見た瞬間、
「終わった…。」
と思った。
でも最後に私を守ってくれたのは、
高級車でも、
相手の肩書きでもなく、
事故直後に相手自身が口にした、たった一言の証拠だった。
だからもし事故を起こしてしまったら、
慌てて示談したり、その場の会話を軽く考えたりしないでください。
最後に一番強いのは、
「言った・言わない」ではなく、残っている証拠です。