1991年、世田谷の病院で一人の男性が亡くなった。
名前は山森正。
職業は医師。
そう信じて5年間一緒に暮らしていた内縁の妻は、死亡届を出そうとして凍りついた。
戸籍に、その男の名前が存在しなかったのだ。
東大医学部卒の証明書、大学職員の身分証、戸籍の写し。
家に残されたものは、すべて偽物だった。
「私は一体、誰と暮らしていたの?」
妻は病院や大学を訪ね歩いたが、手がかりはゼロ。
ところが新聞記事を見た別の女性が名乗り出た。
「その人は、20年前に消えた私の夫です」
男は医師ではなく、かつての電気設備業者。
本名も過去も捨て、別人として生きていた。
では、週末ごとに“研究室へ行く”と言っていた彼は、本当はどこで何をしていたのか。
その謎だけは、今も闇の中に残された。