最初は、ただの嫌がらせだと思った。
私は賃貸契約時に、駐車場付きで契約している。
契約書にもちゃんと書いてある。
「駐車場:0番」
だから堂々と停めた。
それなのに、車に貼られた紙。
「ここは他人の駐車場!」
しかも振り返ると、おばさまたちが半円状に並んでいた。
全員スマホ構えてる。
逃げ道ゼロ。
「あなた前も注意されたでしょ?」
「わざとやってるの?」
「最近の若い子って怖いわ〜」
口調は優しい。
でも目だけは完全に“敵”。
私は深呼吸して言った。
「契約してます。0番です」
——その瞬間。
空気が止まったあと、爆笑が起きた。
「ゼロ番!?」
「このマンションに0番なんてないわよ!」
「10年住んでるけど聞いたことない!」
私は固まった。
え?
そこで初めて、違和感が生まれた。
私はすぐ管理会社に電話した。
出ない。
大家にも電話。
出ない。
何度かけても出ない。
その間も、おばさまたちは私を撮り続けていた。
車。
顔。
貼り紙。
全部。
しかも最悪なことに、その時の私は無意識に鼻をほじっていた。
緊張すると出る癖。
タイミングが終わってた。
その夜、自治会LINEを開いて私は絶望した。
「0番占拠女」
「契約詐称」
「鼻ほじり王」
私の“鼻ほじり0.5秒”だけ切り抜かれ、スタンプ化されていた。
誰かが送る。
誰かが笑う。
誰かが燃料を投下する。
通知が止まらない。
……オッケー。
理解した。
ここで言い訳しても意味がない。
だったら、証拠で潰す。
翌朝、私はコンビニへ行った。
A4を30枚印刷した。
・契約書の「0番」記載ページ
・駐車場代込みの振込明細
・大家へ電話した履歴
・駐車場全区画の写真
・管理会社へ何度も電話した記録
そして私は、マンション掲示板の前に立った。
タイトルは大きく一行。
「0番が存在しない件/契約者より」
もう遠慮はしない。
さらにスマホを立て、動画撮影を開始。
「私、駐車場契約しました。0番です」
「でも現地にゼロ番は存在しません」
「管理会社も大家も逃亡中です」
「そして私は“迷惑者”扱いされました」
私は一気に畳みかけた。
テンポ命。
感情より情報。
証拠を次々見せる。
そして最後に言った。
「笑っていいです。鼻ほじりでも何でも」
「でもその間にも、“存在しない駐車場”にお金払ってる人、他にもいるかもしれませんよ?」
投稿後、空気が変わった。
昼。
管理会社から着信。
やっと出た。
声が焦っていた。
「その…駐車場の件ですが…確認を——」
私は遮った。
「確認じゃなく説明してください」
「0番は存在しますか?」
沈黙。
その日の夕方だった。
DMが届き始めた。
「私も0番契約です」
「A区0番って言われた」
「存在しない区画に毎月払ってます」
——来た。
点が線になった。
夜の自治会集会。
私はプリントの束を持って現れた。
昨日まで私を撮影していたおばさまたちは、今日は目を合わせない。
スマホも向けてこない。
私は静かに言った。
「昨日の動画、今日も撮っていいですよ」
「0番は存在しません」
「つまり、“私が悪い”んじゃない」
「存在しない区画を契約させた側が問題なんです」
空気が一変した。
笑い声が消えた。
代わりに怒号が飛び始める。
「うちも払ってる!」
「説明しろ!」
「返金は!?」
そこへ管理会社の担当が到着した。
汗だく。
完全に修羅場の顔。
「当社としては——」
私は遮った。
「誰が0番を作ったんですか?」
「誰が金を取った?」
「返金はいつ?」
「再発防止は?」
周囲の住民も一斉に詰め寄る。
昨日まで“迷惑者”扱いされていた私が、気づけば場の中心になっていた。
でも私は、おばさまたちを責めなかった。
今日の敵は、彼女たちじゃない。
“空気”で人を悪者にしながら、責任だけ消えるシステムだ。
最後に私は、淡々と言った。
「私は今日、“私が悪い”という空気で潰されかけた記録も残しました」
「鼻ほじり?好きに笑ってください」
「でも、笑いながら騙されないで」
「0番は、“空気だけ存在する駐車場”でした」
その場で管理会社は、全契約の再調査と返金対応を約束した。
大家は最後まで現れなかった。
典型的だ。
責任がある人ほど、消える。
帰り際。
おばさま軍団のリーダーが、小さな声で言った。
「……ごめんね。本当に0番なんて知らなかったの」
私は軽く頷いた。
「次は、“貼り紙”より先に契約書を見てください」
それだけで十分だった。
帰宅後、スマホを見る。
動画は伸びていた。
コメント欄には、
「証拠の出し方が強すぎる」
「鼻ほじりで逆転する主人公初めて見た」
「これもう社会派コメディ」
私は思わず笑った。
今回は、笑っていい。
だって最後に全部ひっくり返したのは——
“迷惑者”にされた側だったんだから。