今日、私は机に座ったまま、手が震えていた。
目の前にあるのは、一枚の書類。
「退園届」
その文字が、やけに冷たく見えた。
ああ、ついに来たんだ。
2月12日、最初の通知が来た時は、
まだどこかで信じていた。
話せば、何とかなるかもしれないって。
でも——違った。
時間が経つほど、選択肢は削られていった。
そして今。
提出期限は、明日。
何も準備できていないまま、
子どもの居場所がなくなるかもしれない。
正直、怒りより先に、体が震えた。
落ち度があるのは、分かっている。
ルールを守れなかったことも、事実。
でも——
だからって、このタイミングで?
書類一枚で、全部決まるの?
考えるだけで、胃が痛くなる。
背もたれに寄りかかっても、
肩の力は抜けなかった。
手の中の紙が、汗で湿っている。
ふと、子どもを見る。
何も知らずに、遊んでいる。
その姿が、余計に苦しかった。
「ごめんね」
声には出せなかった。
この子は、まだ何も知らない。
明日、自分の場所がなくなるかもしれないなんて。
何度も考えた。
退園届を出すべきか。
それとも、まだ掛け合うべきか。
でも、どちらにしても——
時間がない。
周りに相談しても、きっとこう言われる。
「仕方ないよ」
それが正しいのかもしれない。
でも、母親としては、納得できなかった。
夜になって、ようやく気づいた。
このまま感情で止まってても、何も変わらない。
必要なのは、次の一手。
まず、書類は全部コピーを取る。
提出前の状態も、全部残す。
あとで何があっても、
記録として使えるように。
それから、幼稚園に電話した。
深呼吸して、ゆっくり話す。
感情をぶつけても、意味がない。
「確認なんですが」
「はい」
「この時期の退園で、
他の受け入れ先の案内などはありますか?」
少し間が空いた。
「……現在、個別の紹介は行っておりません」
やっぱりそうか、と思った。
でも、ここで終わらせない。
「では、必要な手続きや、
転園に関する書類はどこまで用意していただけますか?」
質問を一つずつ、積み重ねる。
さっきまで見えなかったものが、
少しずつ見えてくる。
完全に道が開けたわけじゃない。
でも、真っ暗ではなくなった。
それだけで、少しだけ呼吸が楽になった。
書類を机に置く。
まだ手は震えている。
でも、それはもう恐怖だけじゃない。
——やれることは、やる。
そう決めた震えだった。
子どもを抱き上げる。
「大丈夫」
心の中で、何度も繰り返す。
怒りも、不安も、まだ消えていない。
でも、何もせずに諦めるよりはいい。
私は動いた。
だから、少しだけ前に進んだ。
明日、書類を出す。
その先がどうなるかは、まだ分からない。
でも——
このまま終わらせるつもりはない。
これが、私の現実。
そして、
私の戦いの始まりだった。