花子、七十二歳。夫の太郎が亡くなって二週間、私は葬儀の最中でさえ胸の内で不謹慎な思いを巡らせていた。「夫が死んでくれて本当に良かった」――そう考える自分に少しぞっとしながらも、これから始まる自由で優雅な一人暮らしへの期待で心が躍っていたのだ。
夫の遺族年金と自分の年金を足せば、月二十四万円の収入が手元に入るはず。これまで二人で三十一万円だった生活費も、今後は一人分で十分。食費も光熱費も半分で済む。冷蔵庫のプレミアムビールを開け、ずっと行きたかった温泉旅行や高級布団の購入も現実的な夢に変わった。デパートで四万円の服を買い、フレンチのランチに出かけることもためらわない。これが私の、新しい人生の幕開けだった。
しかし、現実は甘くなかった。年金の支給額は思ったほど多くなく、手元に残る金は月十二万円。先日の散財と重なり、家計は赤字に傾く。高額の服や外食、豪華布団――すべてが、私の老後資金を少しずつ蝕んでいたのだ。
電卓と家計簿と向き合い、固定費や食費、医療費を計算し直すと、現実の厳しさが一気に押し寄せる。
それでも、私は希望を捨てない。夫が残してくれた預金二千万円があれば、月五万円ずつ取り崩しても生き延びられる。少しずつ計画を立て直し、生活レベルを調整すれば、孫へのお小遣いも、ランチや旅行も可能だと心に言い聞かせた。
しかし油断は禁物だ。高齢者の一人暮らしには想定外の出費がつきもの。友人や家族の期待に応えようとすれば、誘惑に負ける日もある。豪華ランチと節約夕食、買い物のギャップに心が揺れるたび、自分の弱さを痛感する。だが、その弱さと向き合いながらも、花子は前を向く。自由を手に入れた今、彼女の老後は苦労と贅沢の間で揺れながらも、確かに自分の手で舵を取る日々が始まったのだ。