亡き旦那と二人で始めた小さな定食屋を、私は一人で守り続けてきた。気がつけば三十年。常連客にも支えられながら、必死に暖簾を守ってきた日々だった。
しかし、その日訪れた若い客の一言で、長年積み上げてきたものが揺らいだ。
「味が濃い!客商売のくせに!」
その言葉に、胸の奥が強く締め付けられた。私は感情を抑えながらも、つい言ってしまった。
「あなたが600円で食べているその定食の原価を考えたことはありますか?」
一瞬、店内の空気が止まった。周囲の客も箸を止め、静かにこちらを見ていた。
若い客は何も言い返さず、不満そうに席を立ったが、その出来事は私の心に重く残った。
長年、亡き夫と守ってきた味。節約しながらも続けてきた店。だが、その努力が「味が濃い」という一言で否定されたように感じてしまった。
その夜、閉店後の店で一人片付けをしながら、私はふと手を止めた。
「もう、やめてしまおうか……」
そう呟いた瞬間、胸の奥に溜め込んでいた疲れと悔しさが一気に溢れた。
三十年続けた定食屋。その重みと孤独が、静かな厨房に沈んでいく。
何もかも嫌になりかけていたその時、入口のベルが小さく鳴った。