その日、
私は足の悪い母を連れて、
東北新幹線に乗っていた。
母は数年前から膝を悪くしていて、
長時間歩くのがかなり辛い。
外出の時は杖が必要で、
少しの段差でも慎重になるようになった。
だから今回の旅行は、
少しでも楽に移動できるよう、
グリーン車を予約した。
車内は静かだった。
窓側で眠る人。
パソコンを開く人。
イヤホンをして動画を見る人。
グリーン車独特の、
あの“静けさを壊さない空気”が流れていた。
発車してしばらく経った頃だった。
私は前方を見て、
少し気になった。
通路側に、
ベビーカーが大きくはみ出していた。
中では赤ちゃんが眠っている。
母親は隣でスマホを見ていた。
正直、
気持ちは分かる。
せっかく寝た赤ちゃんを起こしたくない。
ベビーカーを畳むのも大変。
それは分かる。
でも、
新幹線の通路は
“少しくらい塞いでもいい場所”
じゃない。
人が移動する場所で、
非常時には避難経路にもなる。
しかも、
ベビーカーのタイヤが
かなり通路側に出ていた。
私は母に声をかけた。
「ゆっくり行こう」
母は杖をつきながら、
慎重に通路を歩く。
その瞬間だった。
杖の先が、
ベビーカーのタイヤに引っかかった。
「っ…!」
母の体が大きく揺れた。
私は反射的に腕を掴んだ。
本当にギリギリだった。
あと少し遅れていたら、
母はそのまま倒れていたと思う。
「大丈夫!?」
思わず声が出た。
周囲の視線が集まる。
母は苦笑いしながら言った。
「びっくりしたねぇ」
でも、
私は全然笑えなかった。
母は転倒したら危ない。
年齢的にも、
骨折ひとつで生活が変わる。
そんなこと、
普通にあり得る。
その時、
ちょうど向こうから車掌が来た。
私は事情を説明した。
「すみません、
通路のベビーカーで、
母が今転びかけたんです」
車掌は一瞬だけベビーカーを見た。
そして、
淡々と言った。
「通れますので、
大丈夫だと思います」
……え?
私は言葉を失った。
そのまま車掌は歩き去っていった。
周囲も少しざわついた。
でも、
誰も何も言わない。
グリーン車特有の、
“空気を乱したくない”
という沈黙。
母は小さく言った。
「もういいよ。
通れたんだから」
でも私は、
どうしても納得できなかった。
通れたからいい?
転ばなかったからいい?
じゃあ、
本当に倒れていたら、
その時に初めて対応するの?
私は席に戻ったあと、
やっぱり無理だと思った。
黙ったまま終わらせたら、
また同じことが起きる。
私はデッキへ向かい、
別の車掌さんに声をかけた。
「さっき、
通路のベビーカーで
母が転びかけました。
かなり危ないと思います」
すると、
その車掌さんの表情が変わった。
「それは申し訳ありません。
確認いたします」
数分後だった。
さっきの車掌も戻ってきた。
そして、
ベビーカーの母親へ丁寧に声をかけた。
「申し訳ありません。
通路に少しはみ出しておりますので、
位置を調整していただけますでしょうか」
母親は少し驚いた顔をした。
でも、
周囲の視線に気づいたのか、
黙ってベビーカーを動かした。
すると、
通路は一瞬で広くなった。
本当に、
たったそれだけだった。
最初に一言あれば、
母が転びかけることもなかった。
車内が変な空気になることもなかった。
私は席へ戻った。
母は静かに言った。
「言ってくれてよかったよ。
さっき本当に危なかったから」
その時だった。
通路を通った年配の男性が、
小さく呟いた。
「通路は塞いじゃダメだよな」
その一言で、
車内の空気が少し変わった気がした。
私は改めて思った。
子育ては大変だと思う。
でも。
公共の場所では、
“危ないかもしれない”
を軽く扱っちゃいけない。
そして、
周囲も、
“揉めたくないから黙る”
だけではダメなんだと思った。
グリーン車は、
静かに我慢する場所じゃない。
安全に移動するための場所だ。
あの時、
ちゃんと動いてくれる人がいて、
私は少しだけ救われた気がした。