
新幹線に乗ってしばらくしてから、前の席を見て私は違和感を覚えた。
座席が横を向いている。しかも、その席に男性が座り、窓の景色を見ながらスマホで写真を撮っていた。
よく見ると、前の四席すべてが横向きに回されている。本来は前を向く座席を、窓の方へ無理やり向けているのだ。だが新幹線の座席は横向きでは固定できない。急ブレーキがかかれば動く可能性があり、普通に危ない。
周囲の乗客も気づいているようだったが、誰も声をかけない。少し迷ったが、私は前の男性に声をかけた。
「すみません。それ、ちょっと危ないと思います。横向きだと固定できないんで」
すると男性は仲間と顔を見合わせ、笑いながら言った。
「何言ってんのこの人。空いてるし別にいいでしょ」
完全にバカにされた態度だった。私は少し強めに言う。
「急ブレーキかかったら座席動きますよ」
しかし男性はスマホを構えたまま「大丈夫、大丈夫」と取り合わない。
そのとき後ろの席から声が上がった。
「確かに危ないですよね」
別の乗客も「固定できないはずですよ」と続く。
それでも男性は「神経質すぎ」と笑った。私は立ち上がり、「じゃあ車掌呼びます」と言ってデッキへ向かった。
数分後、車掌と戻ると、車掌は丁寧に説明した。
「この向きでは座席が固定できず危険ですので、お戻しください」
それでも男性は「空いてるじゃん」と不満げに言う。
すると車掌は静かに続けた。
「この状態で使用される場合は、四席分の料金を頂く必要がございます」
車内が一瞬静まり返る。男性は顔を見合わせ、舌打ちしながら座席を元の向きに戻した。
車内の空気がふっと緩む。
私は席に座り直しながら思った。
ルールには、やはり理由がある。
そして、あのとき誰も声を上げなければ、あの座席はきっとずっとあのままだった。