平成四年九月、石川県能登半島の小さな民宿で、新婚夫婦が忽然と姿を消した。
夫の田中真琴は、昼前に「タバコを買ってくる」と言って近くのコンビニへ向かったまま戻らなかった。心配した妻の山田美智子も夫を探しに出たが、それきり消息を絶った。部屋には服も洗面用具もカバンも残され、まるで少し外へ出ただけのような状態だった。
警察は民宿の主人・佐々木茂、同宿していた写真好きの男・吉田、そして朝食の席で偶然再会した田中の大学時代の知人・松本まで調べた。しかし決定的な証拠は見つからず、事件は未解決のまま七年が過ぎた。
転機が訪れたのは平成十一年。インターネットの中古品取引サイトに出品された古い旅行カバンを、山田の大学時代の友人が見つけた。茶色の革製のカバンには、山田が大切にしていた黄色い熊のキーホルダーが付いていた。
警察がカバンを調べると、内ポケットから山田の筆跡と思われるメモが見つかった。さらに販売者を追ううち、カバンは不動産仲介業者となっていた松本を経由し、元の持ち主はかつての民宿主人・佐々木へとつながっていく。
再捜査を担当した高橋刑事は、七年前に見落とされていた証言を洗い直した。失踪当日、佐々木の車が民宿を離れていたという近隣住民の証言。さらに能登町から離れたガソリンスタンドでの給油記録。
その先にあった山中の廃屋から、二体の遺骨が発見された。そばには田中の財布、時計、そして山田の指輪。
追及を受けた佐々木は、ついに崩れ落ちた。金銭に困っていた彼は田中に借金を頼み、断られたことで口論になったという。衝動的な一撃がすべてを変え、その後、真相を隠すために二人を運び出したのだった。
七年間眠っていた古いカバンは、消えた新婚夫婦の無念を、静かに世へ引き戻した。