深夜十一時を少し過ぎた頃、私は駅前のコンビニから自宅へ向かって歩いていた。
仕事帰りで疲れ切っており、片手には弁当、もう片方にはスマホ。早く帰って風呂に入りたい。ただそれだけだった。
ところが、角を曲がった瞬間、背後から声をかけられた。
「すみません、少しお話よろしいですか」
振り返ると、制服姿の警察官が二人立っていた。職務質問だった。最初は素直に応じたが、バッグの中身まで確認され、名前や帰宅先まで聞かれるうちに、次第に苛立ちが込み上げてきた。
「そんなに怪しく見えますか?」
思わず、少し強い口調で言ってしまった。
すると年配の警察官は、私の顔ではなく、私の後方に目を向けたまま低い声で言った。
「いえ、あなたではありません。さっきから、あなたの後ろを同じ距離でつけている男がいます」
その瞬間、全身の血の気が引いた。
反射的に振り返ろうとした私を、若い警察官が小さく制した。
「今は見ないでください。相手に気づかれます」
警察によると、駅を出たあたりから、黒い服の男が一定の距離を保って私の後を歩いていたという。私がコンビニに入ると外で待ち、出てくると再び歩き出したらしい。
「声をかけたのは、あなたを止めるためではなく、距離を作るためです」
さっきまで不快に感じていた職質が、実は自分を守るためだったと知り、私は言葉を失った。
数分後、もう一人の警察官が近くの路地で男に声をかけた。男は曖昧な言い訳を繰り返していたが、私の帰宅方向を知らないはずなのに、同じ道を何度も曲がっていたことを指摘され、黙り込んだ。
「夜道では、違和感を覚える前に危険が近づいていることがあります」
警察官のその言葉が、帰宅してからも耳に残り続けた。
あの時、もし声をかけられていなかったら――そう考えるだけで、今でも背筋が冷たくなる。