免許を取ったばかりの友人から連絡が来たのは、土曜の昼過ぎだった。
「ねえ、今日だけ車貸してくれない?」
あまりにも軽い口調だったので、私は一瞬、冗談かと思った。けれど友人は本気だった。どうやら駅から少し離れたアウトレットまで行きたいらしく、レンタカーを借りるのは面倒だという。
私はすぐに首を横に振った。
「無理だよ。うちの車、家族しか乗れない保険だから」
すると友人は、きょとんとした顔で言った。
「でも私、絶対事故んないよ?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少し冷えた。免許を取ったばかりの人ほど、自分がどれほど危うい場所に立っているのか分かっていないことがある。
私はできるだけ落ち着いて答えた。
「事故が起きると思ってるから保険に入ってるんだよ。起きない前提なら、誰も保険なんて払わないでしょ」
友人は少し不満そうに唇を尖らせた。
「うーん、でも近場だし、ちょっとだけなら大丈夫じゃない?」
その“ちょっとだけ”が怖いのだ。
事故は遠出の時だけ起こるものではない。家の前の細い道でも、駐車場でも、慣れない右折でも起こる。しかも保険の対象外なら、修理代も相手への賠償も、場合によっては私や家族にまで重くのしかかる。
「貸せない。これは信用してないからじゃなくて、責任を取れないから」
そう言い切ると、友人はようやく黙った。
数日後、その友人が親の車を運転して、駐車場の柱にこすったと聞いた。大きな事故ではなかったが、修理代の話になって初めて、彼女は私の言葉の意味を理解したらしい。
「この前、断ってくれてよかったかも」
そう言われた時、私は少しだけ安心した。優しさとは、何でも貸すことではない。時にはきっぱり断ることが、相手を守ることにもなるのだ。