休日の夕方、私たち家族は大型スーパーの休憩スペースで少しだけ休んでいた。
息子は六歳。目の前にある自販機を指差し、「ジュース買ってくる」と小銭を握って走っていった。距離にして十メートルほど。私も旦那も、すぐ見える場所だから大丈夫だと思っていた。
けれど、息子が自販機の前に立って数秒後、突然、喉が裂けるような声で泣き出した。
「ママぁ!」
反射的に立ち上がろうとした私より早く、隣にいた旦那の顔色が一瞬で変わった。普段は声を荒げることなど一度もない人なのに、その時だけは別人のようだった。
「息子を連れて遠くへ行け!それから警察呼べ!」
低く鋭い声だった。
私は訳も分からず息子に駆け寄った。息子の手首は赤くなっていて、震えながら自販機の横を指差していた。
そこには、帽子を深くかぶった男が立っていた。手には小さな袋と、子供用の菓子。男は私たちと目が合うと、何事もなかったように歩き出そうとした。
だが旦那がその前に立ちはだかった。
「今、うちの子の手を掴みましたよね」
男は「迷子かと思っただけ」と笑った。しかし息子は泣きながら首を振った。
「違う……あっち行こうって言われた……」
その一言で、私の背筋は凍った。
すぐに警察が到着し、防犯カメラの映像が確認された。そこには、男が息子に近づき、話しかけたあと、腕を引くような動きがはっきり映っていた。
旦那が豹変した理由は、怒りではなかった。
一瞬で危険を察知し、私と息子を守ろうとしたのだ。
あの日から、私は「見える距離だから大丈夫」という考えを捨てた。危険は、ほんの数秒で日常の中に入り込んでくる。