「ここ、息子の店なのよ〜!今日は好きなもの食べていいからね!」
その声が店内に響いた瞬間、私は厨房の奥で思わず手を止めた。
また始まった……。
私は飲食店を数店舗経営している。
夫と結婚した時、夫は正直に言えば無職だった。
「俺、何も持ってないけど大丈夫?」
そう言っていた夫を雇ったのは、他でもない私だった。
でも、働き始めた夫は予想以上に真面目だった。
遅刻もしない。
お金を無駄遣いしない。
従業員への態度も優しい。
経営者としてではなく、一緒に店を支えてくれるパートナーとして、私は夫を信頼していた。
だから私たち夫婦は、この形で満足していた。
……ただ、一人だけ納得していない人がいた。
義母だった。
その日も義母は友人を数人連れて店に来ていた。
「ほらほら、遠慮しないで!息子がやってる店だから!」
「え、本当に息子さん経営してるの?すごいじゃない」
「そうなのよ〜。昔は何にもできなかったのにねぇ」
私は裏でため息をついた。
すると、ホールに出ていた夫が苦笑いしながら近づいた。
「母さん、また言ってるの?」
「あら、何が?」
「ここ、俺の店じゃないよ」
義母の笑顔が止まった。
「……何言ってるの?」
夫はいつもの調子で笑った。
「だから、嫁の店。俺は従業員」
友人たちは一瞬、顔を見合わせた。
「え……?」
「いやいや、違うのよ!この子が店を手伝ってるだけで……」
義母が慌てて口を挟む。
でも夫は首を振った。
「母さん、何回言えば分かるの?俺、昔なんて草むしって食ってたような人間だよ。経営なんてできるわけないじゃん」
「そんな言い方しなくてもいいでしょう!」
義母の顔が一気に険しくなる。
「せっかく親戚や友達に自慢してあげてるのに!」
「自慢って……嘘ついてるだけじゃん」
夫の一言で、店の空気が少し重くなった。
実は義母が怒る理由は、店のことだけではなかった。
一番気に入らないのは、家のお金を私が管理していることだった。
ある日、義母が突然言った。
「ねぇ、○○さんの家は旦那さんがお金握ってるんだって」
私は料理を作りながら返した。
「そうなんですね」
「普通は男が管理するものじゃない?」
夫は横で苦笑いした。
「母さん、うちはこれでいいんだよ」
「あなたは黙ってなさい!」
義母はため息をついた。
「せっかく店もあるのに……息子が社長になればもっと楽できるのに」
私は思った。
違う。
この人が欲しいのは、息子の幸せじゃない。
“社長の息子の母親”という肩書きなんだ。
さらに困ったのは、お金の話だった。
ある日、義母から電話が来た。
「ねぇ、少しお金貸してくれない?」
「何に使うんですか?」
「旅行よ」
私は言葉を失った。
「旅行……ですか?」
「だって、息子の店があるんだから余裕でしょ?」
夫が横で聞いていて、すぐ電話を代わった。
「母さん、無理だよ」
「なんで?あなたの店でしょ?」
「違うって言ってるじゃん」
「あなたは男でしょ?もっとしっかりしなさい!」
夫は少し黙ってから言った。
「俺が社長じゃないことより、母さんが俺を見てないことの方が悲しいよ」
義母は何も言わなかった。
ちなみに義父も最初は同じだった。
義父は自営業をしている。
だからなのか、息子も経営者になったと思い込んでいた。
「お前の会社、俺が助けてやってもいいぞ」
「経営っていうのはな……」
と、何度も語ってきた。
でも実際には、私の店の経営状況も知らない。
私は反論しなかった。
説明しても、きっと聞きたい答えしか聞かない人だから。
今でも義母はたまに友達を連れてくる。
そして決まって言う。
「息子の店だから好きに食べてね!」
すると夫は笑って言う。
「違うよ。嫁の店だから、ちゃんと払ってね」
友達は苦笑いしながら財布を出す。
義母だけが不満そうな顔をする。
でも私はもう気にしない。
夫は確かに社長ではない。
でも、私が一番大変な時に逃げなかった人だ。
肩書きより大事なものは、ちゃんと分かっている。
「旦那さんのおかげで助かってます」
親戚にそう言うことはある。
それは義母に合わせた嘘じゃない。
本当にそう思っているから。
ただ一つだけ譲れないことがある。
「家族だから」「親だから」
その言葉で、お金や努力まで自由に使えると思わないこと。
店の看板を欲しがった義母より、
何もないところから私と一緒に店を守ってくれた夫の方が、
よっぽど立派だと思っている。