朝のニュースで、17歳の女子高校生が米5キロを万引きして逮捕されたという話を見た。
最初はよくある窃盗事件だと思った。
しかし理由を知った瞬間、胸が苦しくなった。
「家に食べ物がなく、空腹だった」
豊かな国だと言われる日本で、高校生が空腹の末に米を盗む。
その現実がどうしても頭から離れなかった。
私は住宅街で小さなラーメン店を営んでいる。
決して裕福ではないが、ラーメン一杯くらいなら困っている子どもに食べさせてあげられる。
そう思い、店の入口に貼り紙を出した。
「お父さんお母さんがいなくて、おなかすいたら、うちのラーメン食べにきてね。いつでも無料だからね。子供だけです」
昼過ぎ、一人の男性客がその貼り紙を見て声をかけてきた。
「なんで子どもだけなんですか?」
最初は純粋な疑問だと思った。
だが話しているうちに空気が変わった。
「大人だって困ってる人はいるだろ?」
「子どもだけ助けるのはおかしい」
そして最後にこう言った。
「結局、偽善だろ」
正直、少し腹が立った。
私は聖人じゃない。
すべての人を救えるわけでもない。
だからこそ、自分にできる範囲でやろうと思っただけだった。
すると隣で話を聞いていた常連さんが口を開いた。
「全部助けられないから、何もしないほうが正しいのか?」
店内が静かになった。
その一言に、私は救われた気がした。
善意というのは不思議なものだ。
誰かを助けようとしても、「偽善だ」「売名だ」と言われることがある。
でも私は思う。
偽善かどうかを決めるのは言葉じゃない。
実際にお腹を空かせた子どもが来たとき、その子のお腹を満たせるかどうかだ。
夜、閉店前に貼り紙を見上げながら考えた。
もしかしたら批判する人はこれからも現れるかもしれない。
それでも、もし明日、本当に空腹の子どもが扉を開けたなら。
私はきっと何も聞かずにラーメンを出すだろう。
なぜなら、一杯のラーメンで救われる夜が、この世には確かにあると思うからだ。