あの日、娘が学校で使う消しゴムが欲しいと言った。
財布を開くと細かいお金がなく、入っていたのは1万円札だけだった。
私は何の疑いもなくそのお札を娘に渡し、近所の雑貨屋へ行かせた。
ところが数十分後、帰宅した娘が差し出したお釣りを見て違和感を覚えた。
どう計算しても足りない。
消しゴムしか買っていないはずなのに、お金がほとんど残っていなかったのだ。
私は娘に何度も確認した。
しかし娘は不安そうな顔で、
「消しゴムしか買ってない」
と言うばかりだった。
すると私の頭の中には一つの答えしか浮かばなくなった。
店員が間違えた。
いや、もしかすると盗ったのではないか。
私は怒りに任せて店へ向かった。
店員に事情を説明すると、相手は冷静に言った。
「お嬢さんから受け取ったのは千円札です」
私は耳を疑った。
そんなはずがない。
私は確かに1万円札を渡した。
そう信じ込んでいた。
だから店員の言葉を嘘だと決めつけ、大勢の客が見ている前で激しく責め立ててしまった。
その場は警備員まで現れ、大騒動になった。
結局、店員は納得していない様子のままお金を差し出したが、私は最後まで自分が正しいと思っていた。
しかし数週間後だった。
月初めに家計簿を整理していると、なぜか現金が1万円近く多いことに気づいた。
その瞬間、背筋が凍った。
何度数えても同じだった。
そこでようやく理解した。
私が娘に渡したと思い込んでいた1万円札は、最初から財布の中に残っていたのだ。
娘が持って行ったのは千円札だった。
つまり正しかったのは店員で、間違っていたのは私だった。
あの日の光景が頭をよぎる。
娘の不安そうな顔。
店員の悔しそうな表情。
そして自分の怒鳴り声。
思い出すたびに胸が苦しくなる。
人は一度「自分が正しい」と思い込むと、都合の悪い事実が見えなくなる。
だからこそ大切なのは、怒る前に確認することなのだろう。
あの日の失敗は今でも誰にも話していない。
でも、一生忘れられない教訓として心に残っている。