俺はオフィス移転や内装デザインを提案する会社で営業課長をしている。
毎年、新人教育も担当しているが、今年の新人たちは少し変わっていた。
「下調べってタイパ悪くないですか?」
「契約になるか分からない相手にここまで準備する意味あります?」
「外回りが終わったら、そのまま直帰します。」
理由を聞けば、
「今を大事にしたいので。」
「コスパ重視です。」
そんな言葉ばかり返ってくる。
私は何度か注意した。
「営業は訪問が仕事じゃない。帰社して報告書を書き、次の提案につなげるまでが仕事だ。」
しかし彼らは笑った。
「課長は古いですよ。」
「結果より働き方の時代です。」
私はそれ以上何も言わなかった。
「まあ、そのうち分かるよ。」
半年後。
試用期間終了の日。
新人全員が会議室へ呼ばれた。
一人の新人には、契約更新見送りの通知。
営業メールをAIで作成し、AIの指示文まで取引先へ送信してしまい、契約そのものが白紙になったからだ。
そして残る五人には、
営業部配属見送り。
半年間の再研修。
営業活動停止。
部屋中が騒然となった。
「なんでですか!」
「私たち毎日頑張ってました!」
「遅刻も欠勤もしてません!」
「課長の教育不足じゃないですか!」
私は静かに答えた。
「君たちの努力は否定していない。」
「でも評価できない。」
全員が黙った。
私は机の上に置かれた急須を指差した。
「昨日、お茶が切れていたよね。」
「誰も補充しなかった。」
続けて聞いた。
「セロハンテープがなくなった。」
「ホチキスの針も空だった。」
「ゴミ袋もいっぱいだった。」
「誰か交換した?」
誰も答えない。
一人が小さく言った。
「私の仕事じゃないので……。」
私は頷いた。
「その考え方が問題なんだ。」
「営業は、お客様より先に相手の困ることへ気づく仕事だ。」
「社内で次に使う人のことすら考えられない人が、お客様の立場を考えられると思うか?」
空気が変わった。
私は続けた。
「君たちはいつも『頑張っている』と言う。」
「でも、その頑張りは全部、自分のためだった。
」
「早く帰りたい。」
「楽をしたい。」
「自分の時間を守りたい。」
「それは悪いことじゃない。」
「だが、営業はまず相手を優先する仕事だ。」
「信用とは、小さな気遣いの積み重ねでしか生まれない。」
その日の夜。
新人たちは居酒屋で愚痴をこぼしていた。
すると隣の席の年配夫婦が声をかけてきた。
「さっきから聞こえてたけどな。」
「君ら、グラス空いてるのに誰一人『次どうします?』って聞かへんな。」
「荷物もうちの席まで出てきてるで。」
新人たちは慌てて荷物をどけた。
男性は笑いながら言った。
「営業ってな、商品を売る仕事やない。」
「この人なら任せても大丈夫やと思ってもらう仕事や。」
「その小さな気遣いができへん人に、大きな契約なんか来るわけない。」
誰も反論できなかった。
半年後。
再研修を受けた四人は意識を改め、営業部へ戻ってきた。
訪問前の準備を徹底し、帰社後の報告も欠かさず、お客様だけでなく社内への気配りまで自然とできるようになった。
一方で最後まで「自分は悪くない」と言い続けた一人だけは営業へ戻れなかった。
希望していた給与も役職も遠ざかり、毎日のようにこう漏らしていた。
「今の給料じゃ、今を楽しめない……。」
私は心の中で思った。
営業で評価されるのは、訪問件数でも、口のうまさでもない。
相手がまだ言葉にしていない困りごとに気づける人。
その小さな積み重ねが、最後には一番大きな信頼になるのだから。