俺が大学を卒業する直前、就職活動の末に「竹中工務店から内定を貰った」と彼女に報告した時のことだった。
長く付き合っていたはずの彼女は、その言葉を聞いた瞬間、驚くほど冷静にこう言った。
「ごめん、別れましょ」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
理由を尋ねても、彼女は曖昧に視線を逸らすだけだった。
だが今思えば、その頃から彼女の中で“条件”がすべてだったのかもしれない。
別れを受け入れた俺は、ただ前に進むことだけを考えた。
現場と設計補助を繰り返しながら必死に働き、1年後には本社の総合職として配属されることになる。
年収も800万円に到達していた。
そんなある日、偶然にも元カノと再会した。
彼女は少し誇らしげにこう言った。
「今の彼氏、トヨタのディーラーなの」
その言葉に、俺は静かに頷いた。
そして短く答えた。
「俺は総合職だ。年収は800万ある」
その瞬間、彼女の表情が明らかに揺らいだ。
かつて別れを告げた時の冷静さは消え、驚きと動揺が入り混じった顔になる。
「え……?」
その反応を見て、俺はようやく理解した。
彼女は“肩書き”や“条件”で人を選び続けていたのだと。
だがそのとき、俺は何も責めなかった。
ただ淡々と現実を受け止めていた。
そして沈黙の中、彼女が何かを言いかけたその瞬間——
俺の胸ポケットの携帯が鳴った。
会社からの着信だった。