たった一度、通帳を記帳しただけでした。
半年ぶりだったので、いつもより少し時間がかかるかなと思ったくらいです。
ところが、ATMはなかなか終わりません。
ガガガガガ……。
機械が何度も音を立て、延々と印字を続けています。
「そんなに取引した覚えないけど……。」
不思議に思いながら通帳を受け取り、何気なく最初のページを見た瞬間、背筋が凍りました。
見知らぬ名前ばかりだったのです。
山田。
佐藤。
鈴木。
田中。
振込人は全員違う個人名。
金額も2,000円、5,000円、18,000円、39,800円とバラバラ。
その数、100件以上。
思わず何度も通帳を見返しました。
こんな人たち、一人も知りません。
勤務先の給料以外で、この口座を知っているのはネット通販くらい。
親戚でも友人でもありません。
気味が悪くなり、そのまま銀行の窓口へ向かいました。
「この振り込み、何かわかりますか?」
通帳を見せると、窓口の女性も一瞬表情を変えました。
しばらく調べてもらいましたが、返ってきた答えは予想外でした。
「申し訳ありません。現時点では、こちらでも原因は確認できません。」
理由が分からない。
送り主も分からない。
でも、お金だけは確実に入ってきている。
頭の中が真っ白になりました。
「このお金……使っても大丈夫なんでしょうか?」
そう聞くと、銀行員さんは少し真剣な顔になり、
「絶対に使わないでください。」
とはっきり言いました。
「確認が取れるまで、そのままにしてください。」
その言葉を聞いて、ますます怖くなりました。
帰宅してから一件ずつ金額を足してみると、合計は100万円をはるかに超えていました。
「もし誰かのミスだったら?」
「いや、100件以上も間違えることなんてある?」
「もしかして事件に巻き込まれている?」
そんなことばかり考えて、その夜はほとんど眠れませんでした。
数日後、銀行から連絡が入りました。
担当者から最初に言われたのは、
「口座を貸したり、第三者に使わせたりしたことはありませんか?」
という質問でした。
もちろん、そんなことは一度もありません。
すると担当者はこう説明してくれました。
警察とも確認した結果、複数の詐欺事件を捜査する中で、私の口座番号に似た番号が拡散され、何らかの理由で振込先として登録されてしまった可能性が高いというのです。
詳しい捜査内容は教えてもらえませんでしたが、今後は警察立ち会いのもとで返金手続きが進められるとのことでした。
そして最後に、担当者が静かに言いました。
「もし、このお金を生活費などに使っていたら、ご事情を詳しく確認することになっていたかもしれません。」
その一言で血の気が引きました。
「自分のお金じゃない」と思って、一円も手を付けなかった。
ただ、それだけで私は取り返しのつかない誤解を避けられたのです。
今でも通帳を見るたびに思います。
あの日、面倒だからと記帳を先延ばしにしていたら。
あるいは、「臨時収入だ」と軽い気持ちで使っていたら。
私はまったく違う人生を歩んでいたのかもしれません。