最終面接の部屋は、やけに静かだった。
空調の音だけが響いている。
長机の向こうで、面接官が腕を組んでいた。
私は背筋を伸ばし、履歴書を見つめていた。
施設育ち。
その一行だけで、空気が変わるのは分かっていた。
だから慣れていた。
でも、その日は違った。
面接官は履歴書を一枚ずつ、わざと音を立ててめくった。
そして、最後に視線を止めた。
「……施設育ちw?」
軽い笑いだった。
その瞬間だった。
履歴書が、破られた。
躊躇もなく、真っ二つに。
紙が裂ける音が、妙に大きく響いた。
「君みたいな素性の知れない人間を採るわけないだろ」
頭の中が、一瞬だけ真っ白になった。
でも、感情は出さなかった。
出したら終わりだと分かっていた。
施設で学んだのは、そういうことだった。
「身元保証人、連れてこいよ」
面接官は椅子に寄りかかりながら言った。
「いないなら帰れ」
分かっているくせに。
それでも私は、ゆっくりスマホを取り出した。
「分かりました。呼びます」
面接官は鼻で笑った。
「呼べるならな」
私は、短く一言だけ伝えた。
「姉さん、今来れる?」
数分後だった。
廊下がざわつき始めた。
足音が近づく。
ヒールの音。
一定で、迷いのない音だった。
ドアが開いた瞬間、空気が変わった。
入ってきたのは、黒いスーツの女性だった。
無駄のない動き。
視線だけで場を支配するような存在感。
面接官が、立ち上がった。
「……な、なぜあなたが」
声が震えていた。
姉は淡々と答えた。
「私が身元保証人です」
それだけで十分だった。
この会社にとって、
頭を下げる側の人間だと分かるには。
姉は机の上の紙を見た。
破られた履歴書。
一瞬だけ、視線が止まった。
そして、面接官を見た。
「これが御社の採用方針ですか?」
低い声だった。
逃げ場のない声。
面接官は何も言えなかった。
さっきまでの余裕は、完全に消えていた。
私は、破られた履歴書を拾った。
机の上に、そっと置いた。
そして、頭を下げた。
「本日はありがとうございました」
それだけ言って、席を立った。
怒りじゃなかった。
区切りだった。
この場所にいる理由が、なくなっただけ。
廊下に出た瞬間、息を吐いた。
軽くなっていた。
施設育ち。
それは変えられない。
でも、それを理由にされる場所に、
居続ける必要はない。
評価される場所は、他にある。
そう思えた。
あの日、破られたのは履歴書じゃない。
この会社の方だったのかもしれない。