インターホンが鳴ったのと、玄関の外で足音がしたのはほぼ同時だった。
ドアを開けると、警察と——義母が立っていた。
「ちょっと、どういうことなの?」
義母は私を見るなり、苛立った声で言った。
でもその瞬間、後ろの警察に気づいて顔色が変わった。
「……警察? 何の話?」
私はそのまま落ち着いて答えた。
「腕時計がなくなりました。八十万円のものです」
空気が一気に変わった。
警察官の視線が、私から夫へ、そして義母へと移る。
夫は明らかに動揺していた。
「いや、その……母さんはただ、ちょっと家を見に来ただけで——」
私はすぐに言った。
「その“ちょっと”で、私の物がなくなってます」
義母が強く言い返した。
「何それ、私を疑ってるの?」
私は表情を変えずに返した。
「疑いじゃなくて、状況です」
警察官が一歩前に出た。
「ご自宅に入る許可は、奥様からは出ていないということでよろしいですか?」
「はい」
短く答えた。
警察官は続けた。
「鍵はどなたが管理されていますか?」
その質問に、夫が一瞬言葉を詰まらせた。
その反応で、ほぼ確信した。
私は夫を見た。
「鍵、渡してたの?」
夫は目を逸らした。
それが答えだった。
義母は少し声を荒げた。
「息子の家なんだから、入って何が悪いの?」
その言葉で、すべてがはっきりした。
私はゆっくり言った。
「私の家でもありますよね」
義母は何も言い返せなかった。
警察官が静かに言った。
「状況確認のため、所持品の確認にご協力いただけますか」
義母の表情が一瞬だけ固まった。
ほんの一瞬だったけど、見逃さなかった。
「な、なんでそんなこと……」
さっきまでの強気は消えていた。
夫が慌てて割って入る。
「母さん、大げさにするなって——」
私はその言葉を遮った。
「大げさじゃないでしょ」
その場が静まった。
私は続けた。
「勝手に家に入って、物がなくなってるんだから」
警察官がもう一度、穏やかに言った。
「任意ですので、確認だけさせてください」
義母は視線を泳がせた。
そして、ゆっくりとバッグに手を伸ばした。
その動きで、すべてが決まった気がした。
私は何も言わなかった。
ただ、その場を見ていた。
怒る必要もなかった。
もう状況がすべてを語っていた。
数分後、玄関の空気は完全に変わっていた。
最初にこの家に入ってきたときの“当たり前”は、どこにもなかった。
私は静かにドアの方を見た。
たった数分で、境界線ははっきりした。
家族かどうかじゃない。
線を越えたかどうか、それだけだった。