義兄に車を貸すたび、私は地味にストレスを溜めていた。
最初は別に気にしていなかった。
「ちょっと車貸して〜」
そう言われるたび、
家族だし、
困ってるならお互い様かなと思っていた。
でも。
一回や二回じゃなかった。
返ってくるたびに、
ガソリンはほぼ空。
メーターは毎回、
赤ランプ寸前。
しかも車体は泥だらけ。
山でも行ったのかってくらい汚れている日もあった。
さらにひどいのが車内。
コンビニ袋。
空のペットボトル。
食べかけのお菓子。
一度なんて、
後部座席に唐揚げの串が転がっていた。
見つけた瞬間、
本気で意味が分からなかった。
私はレンタカー屋じゃない。
当然、
給油するのは毎回こっち。
洗車。
掃除。
ゴミ捨て。
全部私。
なのに義兄は、
毎回ヘラヘラ笑って言う。
「助かったわ〜!」
いや、
こっちは全然助かってない。
ある日、
さすがに我慢できなくなって、
やんわり言ったことがある。
「せめてガソリンくらい入れて返してくださいよ」
すると義兄は笑いながら言った。
「細かいな〜」
さらに続けた。
「家族なんだから、それくらい普通だろ?」
その瞬間、
私の中で何かがスッと冷えた。
ああ。
この人、
人の善意を“無料”だと思ってるんだ。
感謝じゃなく、
当然だと思ってる。
だから平気で汚せるし、
平気で空っぽにできる。
それから数週間後。
また義兄から連絡が来た。
「悪い、また車貸して!」
私はスマホを見ながら、
静かに笑った。
そしてその日、
私はわざと給油しなかった。
ガソリンメーターは、
赤ランプギリギリ手前。
あと数キロなら走れる。
でも遠出したら危ない。
絶妙なラインだった。
義兄はいつも通り、
何も確認せず車を持って行った。
「サンキュー!」
本当に、
何も見てない。
そして数時間後。
スマホが鳴った。
義兄からだった。
電話に出た瞬間、
怒鳴り声が飛んできた。
「お前ふざけんな!!」
「高速でガス欠したんだけど!?」
後ろではクラクション音。
かなり修羅場っぽい。
私は落ち着いて答えた。
「え?」
「普段、通勤でちょうどいいくらい残ってたんですけど」
義兄はさらに怒鳴った。
「普通もっと入れとくだろ!!」
私は思わず笑ってしまった。
いや。
それ、
毎回こっちが思ってたことなんですよ。
しかも義兄、
高速道路で止まったせいで、
レッカーを呼ぶ羽目になったらしい。
高速料金。
レッカー代。
給油代。
全部自腹。
後日もしばらく、
文句LINEが続いた。
「性格悪すぎ」
「わざとだろ」
「家族に普通こんなことする?」
だから私は、
最後に一言だけ返した。
「毎回ガソリン空で返してた人に言われたくないです」
送信。
既読。
返信は来なかった。
それ以来、
義兄は二度と車を借りに来ていない。
たぶん、
ようやく分かったんだと思う。
人の車って、
“勝手にガソリン満タンになる乗り物”じゃないって。
そして——
“家族だから甘えていい”と、
“家族だから感謝を忘れていい”は、
全然別の話だって。