「限界だ…離婚してくれ…。お前と一緒の老後は無理だ。」
声は疲れ切っていて、まるで重い荷をようやく下ろす決断をしたかのようだった。驚きはしたものの、意外にも心は穏やかだった。「はい」と即答した私は、心の中で呟いていた。「義父の介護、誰がやるんだろうね…?」
私たち夫婦は結婚してから30年間、苦楽を共に歩んできたつもりだったが、実際には夫との間に冷たい溝が徐々に広がっていたことに気づいていた。そしてその溝の原因の一つが、義父の介護だった。夫は自分の父の面倒を見る責任を私一人に押し付け、感謝の言葉どころか不満ばかりをぶつけてきた。正直、私も限界を感じつつある日々だった。
離婚には全く未練がなかった。むしろ、私は既に別の人生を歩む準備を心の中で進めていた。夫の言葉を聞いて、私は家を出ることを即決した。義父の介護からも夫の態度からも解放されるという、ある種の爽快感すら覚えた。
荷物をまとめ、家を後にする。新しい住まいは既に手配済み。車のドアを閉めた瞬間、私は深く息を吸い込み、自由を感じていた。
しかし、それから始まったのは予想外の事態だった。スマホが鳴り続ける。500件もの未接着信履歴に、驚きとともに思わず苦笑してしまった。「ああ、もうバレたんだな」と。
夫は離婚後に初めて気づいたのだろう。義父の介護という、私が全てを一人でこなしていた事実に。そして、自分がそれに全く関与していなかったことの重大さに。いや、それだけではない。私という妻が支えてくれていた日常がいかに楽だったか、全てが無くなった今になって思い知ったのだろう。
500回もの着信にも私は応じなかった。またその必要もない。これからの人生は、私自身のためだけに使うと決めたのだから。大事なのは、これから先何があっても自分の幸せを最優先に考えることだ。
振り返らず車を走らせながら、私は微かに微笑んだ。「自由って、心地いいな」と。