猛暑の日、幼なじみが子ども4人をマンションの下に置き去りにした。『明日の朝迎えに来て』と言った私に返ってきた言葉は、一生忘れられません。
2026/06/23

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私とAは、小さい頃から一緒に育った幼なじみでした。

家族ぐるみの付き合いで、お互い何かあれば助け合う関係。

母が倒れた時も、Aは毎日のように実家へご飯を届けてくれました。

だから私も、Aの子どもたちを本当の甥や姪のように可愛がっていました。

けれど、一年前に私が引っ越してから少しずつ様子がおかしくなりました。

「仕事休めばいいじゃん。」

「うちの子たち泊めてよ。」

「帰りは送り届けてね。」

「お小遣いもあげて。」

断るたびに、

「独身だから分からないんだ。」

「うちの苦労を少しは手伝って。」

そう責められるようになりました。

私は仕事が忙しく、本当に休めなかっただけです。

それでも理解してもらえませんでした。

そして、あの日。

会社で仕事をしているとAから電話がありました。

「今、マンションの下にいるよ。」

「子どもたち置いていくね。」

「旦那とドライブ行ってくる。」

そう言うと、一方的に電話は切れました。

慌ててかけ直しましたが、すでに着信拒否。

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血の気が引きました。

事情を上司へ説明すると、

「すぐ行け。」

その一言で私は会社を飛び出しました。

マンションへ着くと、本当に四人の子どもがいました。

日陰とはいえ外は三十五度を超える猛暑。

一番下の子は泣き続け、長男は必死に抱きしめながら涙をこらえていました。

次男は弟たちを笑わせようと無理に明るく振る舞っていました。

私を見るなり四人とも泣き崩れました。

「ごめんなさい……。」

謝る必要なんて、どこにもないのに。

私は急いで部屋へ連れて行き、水を飲ませ、冷房をつけました。

夜十一時。

ようやくAと連絡がつきました。

私は怒りを抑えながら言いました。

「子どもを殺す気なの?」

「明日の朝、迎えに来て。」

すると電話の向こうで笑い声がしました。

「やっぱり預かれるじゃん。」

「嘘つき♪」

「明日から旦那と旅行だからよろしく。」

私は言葉を失いました。

「この子たちも家族でしょ!」

そう言っても、

「じゃあ旅費三十万円払ってくれる?」

と笑うだけでした。

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その夜、長男が小さな声で言いました。

「新しいパパ、怒鳴るんだ。」

「ママも昔みたいじゃない。」

「家に帰りたくない……。」

私は胸が締めつけられました。

翌朝、事情を説明すると、上司は私の家まで来てくれました。

そして子どもたちも一緒に会社へ連れて行ってくれたのです。

朝礼で上司は社員全員に頭を下げました。

「彼女は今、小さな命四人を守っています。」

「迷惑をかけることもあるかもしれません。でも助けられる人は助けてあげてください。」

その言葉に、私は涙が止まりませんでした。

社員のみんなは誰一人嫌な顔をせず、子どもたちと遊び、お昼には大きなエビフライまでごちそうしてくれました。

長男も次男も少しずつ笑顔を取り戻し、帰る前には社員一人ひとりへ手紙を書いていました。

一週間後。

ようやくAから連絡がありました。

「今日連れてきて。」

謝罪も、お礼もありませんでした。

子どもたちは帰りたくないと私にしがみつきました。

それでも私は約束だからと送り届けました。

玄関先でAは子どもたちに怒鳴り、無理やり家へ引きずり込みました。

その奥から聞こえたのは、乾いた平手打ちの音。

私はすぐ警察へ通報しました。

ところが、Aの夫は警察に向かって言ったのです。

「この人が勝手に子どもを返さないだけです。」

「母親気分を味わいたかったんでしょう。」

怯えた子どもたちは、

「パパもママも何もしてません。」

そう言わされていました。

結局、その場では私の話は信じてもらえず、私は一晩事情聴取を受けることになりました。

翌日、Aから電話がありました。

「昨日、面白かったね。」

「また預ける時は連絡するね。」

その瞬間、ようやく分かりました。

私が知っている幼なじみのAは、もうどこにもいない。

今残っているのは、自分の都合のためなら子どもさえ利用し、助けてくれた友人まで平気で悪者にする人でした。

それでも、私が今でも忘れられないのはAではありません。

猛暑の中で弟を抱きしめながら、

「ごめんなさい。」

と泣いていた長男の姿です。

あの子たちが、いつか心から笑える日が来ることだけを、今でも願っています。

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