離婚して三日後、元夫から一本の電話がかかってきた。
「頼みがある。」
その一言で嫌な予感がした。
「親の介護だけは今まで通り続けてもらえないかな。」
思わず聞き返した。
「……は?」
「二十年も家族だったんだからさ。離婚したからって急に他人になるわけじゃないだろ?親もお前のこと本当の娘みたいに思ってるし。」
私は何も言わず電話を切った。
二十年間、仕事をしながら義父母の通院、買い物、食事、夜中の呼び出しまで全部私がやってきた。
その間、元夫は「介護は女のほうが向いてる」と言って何もしなかった。
そして最後は私を捨てた。
それなのに介護だけ残していくなんて、あまりにも都合が良すぎた。
それから一か月後。
元夫の友人から連絡が来た。
「知らないと思って連絡した。あいつ、もう元カノと一緒にいるよ。」
頭が真っ白になった。
聞けば離婚前から元カノと連絡を取り合い、再婚の約束までしていたらしい。
離婚理由を「価値観の違い」と言っていたのも全部嘘だった。
私には介護を押し付け、自分は昔の恋人と新しい人生を始める。
全部、最初から決まっていたのだ。
数日後、元夫が突然家までやって来た。
インターホン越しに言う。
「なんで親のところへ行ってくれないんだ。」
「困ってるんだぞ。」
私は玄関を開けた。
「あなたが困るのは私には関係ない。」
すると元夫は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そんな薄情な女だったのか!」
「親はお前を娘だと思ってる!」
「介護くらい続けたっていいじゃないか!」
私は静かにスマホを取り出した。
「じゃあ確認するね。」
そう言って、一人の女性へ電話をかけた。
十分ほどで、元夫の"今の彼女"がやって来た。
彼女は私を見るなり少し驚いた顔をした。
私は笑顔で言った。
「もうすぐ結婚されるんですよね?おめでとうございます。」
「今日は介護のお話をしようと思って。」
彼女は首をかしげる。
「介護?」
私は元夫を見る。
「説明してないの?」
彼は一瞬固まった。
私は続けた。
「離婚しても私に義父母の介護を続けさせて、自分たちは再婚する予定なんですよ。
」
彼女の表情が一気に変わった。
「……え?」
「そんな話、一度も聞いてない。」
元夫は慌てて弁解した。
「いや、その……落ち着いたら話そうと思って……。」
「介護は施設もあるし……。」
彼女は怒鳴った。
「私に介護させるつもりだったの?」
「違う!だから元嫁に……」
その瞬間だった。
「元嫁に?」
彼女の声がさらに大きくなる。
「離婚した人に介護させて、自分は私と結婚するつもりだったの?」
二人はその場で大喧嘩になった。
私は何も言わず玄関にもたれ、最後まで見届けた。
数日後。
今度は義母から電話が来た。
「お願いだから戻ってきて。」
「あなたしか頼れる人がいないの。」
続けて義父も言う。
「新しいお嫁さんには迷惑をかけられない。」
私は思わず笑ってしまった。
「その"新しいお嫁さん"を選んだのは息子さんですよね。」
「私はもう他人です。」
「介護が必要なら、ご家族で話し合ってください。」
そう言って電話を切り、着信拒否にした。
その週末、私は引っ越した。
住所も電話番号も変えた。
後から共通の知人に聞いた話では、元夫は介護の現実を前に彼女とも毎日のように口論になり、結局結婚話は白紙になったらしい。
義父母は施設へ入所。
元夫は仕事と介護費用に追われ、「こんなはずじゃなかった」と何度も漏らしているという。
私はもう何も思わなかった。
二十年間尽くした私を、都合のいい介護要員としか見ていなかった人に、これ以上使う時間も情も残っていない。
離婚届に判を押したあの日。
私は夫だけではなく、"無料の介護要員"という役目も一緒に捨ててきたのだから。