
新幹線のグリーン車に乗る理由は一つ。静かだからだ。
高い料金を払ってでも、落ち着いて仕事をしたり休んだりできる空間を買っているつもりだった。
だがその日、その静けさは完全に壊されていた。
「もう一本いくか!」
カンッと酒瓶がぶつかる音。
関西弁の大声と笑い声が車内に響く。
声の主は60代ほどの男性6人。座席を向かい合わせにし、ビールやハイボールを並べ、完全に居酒屋状態だった。
笑い声と酒の匂いが車内に広がり、周囲の乗客は明らかに迷惑そうだったが、誰も注意できない。相手は酔っ払い6人だからだ。
20分ほど我慢したが、宴会は終わる気配がない。
私は車掌を呼び、小声で状況を伝えた。
すると車掌は深く頭を下げて言った。
「申し訳ございません。別の車両へご案内いたします」
一瞬、意味が分からなかった。
移動するのは――私だった。
理由は簡単だった。
酔った6人に注意すると、トラブルになる可能性が高いからだ。
理不尽だと思いつつも、私は荷物を持って8号車へ移動した。
そこは驚くほど静かだった。キーボードの音や新聞をめくる音だけが聞こえる。
席に座りながら思った。
グリーン車とは、本来こういう空間のはずだ。
後で車掌が謝りに来た。
私は笑いながら言った。
「騒いでいる人はそのままで、迷惑している人が移動するんですね」
車掌は困った顔で答えた。
「酔っている方が複数いると、注意しても聞いていただけないことが多いんです」
結局この国では、理屈が通じる側が譲る。
それが一番早い解決なのだ。
窓の外を見ながら、私は静かな車内でようやく息をついた。