
夜行バスの灯りが消えて、わずか3分。
静まりかけた車内に、突然赤ちゃんの大きな泣き声が響いた。
最初は、すぐ落ち着くと思った。
だが5分、10分と経っても止まらない。母親は座席で赤ちゃんを抱えたまま揺らしているだけで、デッキに出る様子もない。
車内は消灯済み。皆が眠る前提の夜行バスだ。
私は翌朝の仕事のために、この便を選んでいた。
赤ちゃんが悪くないことは分かっている。
それでも20分以上泣き続け、車内の空気は重くなっていった。
私は迷った末、小声で言った。
「すみません……少し外であやしていただけませんか?」
すると母親は声を上げた。
「赤ちゃんは泣くのが仕事なんです!嫌ならチャーター便でも乗ればいいじゃないですか?」
車内の視線が一斉に集まる。
その時、前方から低い声が聞こえた。
「ここは寝る前提のバスだろ」
別の席からも「せめてデッキに出るとかあるだろ」と静かな声が続く。
やがて運転手のアナウンスが入った。
「皆様が快適にお過ごしいただけるよう、ご配慮をお願いいたします。次のサービスエリアで少しお時間を取ります」
到着後、運転手は穏やかに母親へ声をかけた。
「外の空気を吸われますか。お子様も落ち着くかもしれません」
彼女は赤ちゃんを抱え、バスを降りた。
しばらくして戻ってきた時、赤ちゃんは眠っていた。
車内には再び静けさが戻る。
赤ちゃんは悪くない。泣くのが仕事だ。
でも、「赤ちゃんは泣くもの」という言葉は、周囲の優しさの上に成り立つものだ。
優しさは強制ではない。
我慢も義務ではない。
あの夜、私は怒鳴らなかった。
ただ、黙らなかっただけだ。