結婚するって、人生で一番幸せな瞬間だと思っていた。
私は彼と数年間付き合い、両家への挨拶も済ませ、結婚式も終えた。
あとは新婚旅行から帰ってきたら婚姻届を出すだけ。
まだ正式には籍を入れていなかったけれど、私の中ではもう夫婦だった。
「これから二人で幸せな家庭を作っていくんだ」
そう信じていた。
まさか、その旅行先で全てが壊れるなんて思いもしなかった。
新婚旅行は海外ツアーだった。
同じツアーには何組かの参加者がいて、その中に一人の女性グループがいた。
最初はただの旅行仲間。
夫も普通に挨拶していただけだった。
でも、数日経つにつれて、夫の様子が少しずつ変わっていった。
その女性と話す時間が増え、私との会話は減っていく。
「旅行中だからテンションが上がっているだけ」
最初はそう思おうとしていた。
でも、ある日の夜。
夫から突然、信じられない言葉を聞いた。
「俺さ……あの人と出会うために生きてきた気がする」
何を言っているのか理解できなかった。
そして続けて言われた。
「これは運命の出会いなんだよ」
「神様は順番を間違えたんだと思う」
「だから……お前とは籍を入れない」
頭の中が真っ白になった。
新婚旅行中に?
結婚式まで終わった相手に?
そんな簡単に言える言葉なのかと思った。
私は怒りよりも、呆れの方が大きかった。
「じゃあ、今まで私と結婚するって言っていた時間は何だったの?」
そう聞いても、夫はもう私を見ていなかった。
完全にその女性しか見えていなかった。
でも、そこで救いになったのは、同じツアーに参加していた女性たちだった。
その女性の同行者だった人たちは、夫の行動を知って呆れていた。
「そんなことする人だと思わなかった」
「あなた、本当にかわいそう」
そう言って、私の味方になってくれた。
旅行中、私はその女性たちと一緒に行動した。
部屋も一緒にしてくれた。
そして、相手女性について色々な話も聞いた。
帰国後、私はすぐに両親、夫の両親、そして仲人だった夫の上司に全てを報告した。
もちろん、結婚は白紙。
幸いだったのは、まだ婚姻届を出していなかったこと。
もし籍を入れた後だったら、もっと大変なことになっていたと思う。
慰謝料などの話も終わり、私は彼との関係を完全に終わらせた。
その後、元夫はあの女性を両親に紹介し、
「この人と結婚する」
と言ったらしい。
でも、元夫の両親は許さなかった。
当然だった。
息子が結婚直前の相手を旅行先で裏切り、家族の顔に泥を塗ったのだから。
「そんな相手との結婚は認めない」
そう言って、元夫とは縁を切ったそうだ。
相手女性の家族も同じだったらしい。
二人は周囲から受け入れられず、その後どこかへ消えた。
私はそれから実家に戻った。
もう男性を信じることができなくなり、
「二度と結婚なんてしない」
そう決めて、親の家業を手伝いながら暮らしていた。
それから約10年。
突然、家の前に元夫が現れた。
正直、復縁を求めに来たのかと思った。
でも違った。
彼は怒ったような顔をして、何かを叫んでいた。
話を聞くと、どうやら両親に死亡扱いの手続きをされたらしい。
戸籍や手続き上、自分が「死んだ人間」のような状態になっていて、何をするにも困っているという。
しかも実家は引っ越していて、両親とも連絡が取れない。
そして、私に向かって言った。
「俺を生き返らせろよ!」
……。
私は思わず言葉を失った。
「いや、知らないよ」
「自分で調べればいいじゃない」
なぜ10年前に自分から私を捨てた人間の人生を、私が後始末しなければならないのか。
すると、奥から母が何かを持ってきた。
昔、お土産でもらった小さな真田の旗。
六文銭が描かれたミニチュアだった。
母はそれを私に渡して言った。
「これでも渡してあげたら?」
私はその旗を元夫に差し出した。
「これで成仏しな」
そして、
「これ以上ここにいたら警察呼ぶから」
そう伝えると、元夫は何も言わずに去っていった。
あの時、彼は言った。
「これは運命の出会いなんだ」
でも、人生で本当に大切なのは、運命を感じた瞬間ではなく、その後どう人を扱うかだったと思う。
私の人生から彼が消えたこと。
そして、籍を入れる前に本性を知れたこと。
それだけは、あの日唯一の幸運だった。
元夫が選んだ道の先に待っていたものも、きっと彼自身が選んだ「運命」だったのだと思う。