「嫌なら出て行け!」
その言葉を、私は何度聞いただろう。
子どもの頃から、我が家では両親の言うことが絶対だった。
少しでも意見を言えば、
「親に向かって何その態度」
「誰のおかげで生活できていると思ってるの?」
「娘のくせに生意気」
そんな言葉が飛んできた。
時には怒鳴られるだけでは済まないこともあった。
私はずっと、
「家族だから仕方ない」
「いつか分かってくれるかもしれない」
そう思って我慢してきた。
でも、大人になって働き始めても何も変わらなかった。
家に入れるお金。
家事。
買い物。
そして犬の世話。
気付けば、家のことを一番やっていたのは私だった。
洗濯も掃除も、犬の散歩も私。
両親は当然のような顔をしていた。
ある日、また些細なことで口論になった。
私はただ、
「それは少し違うと思う」
と自分の意見を言っただけだった。
すると、いつものように父が怒鳴った。
「嫌なら出て行け!」
母も続けた。
「そうよ、出て行きなさい!」
「どうせ一人じゃ何もできないくせに」
「すぐ泣きついて戻ってくるわよ」
その瞬間、不思議なくらい心が冷めた。
今まで何度も言われてきた言葉。
でも、その日は違った。
私は静かに答えた。
「分かりました」
「もうこの家には帰りません」
両親は笑った。
「本当に出て行く気?」
「外で一人で暮らせるわけないでしょ」
私は何も言わなかった。
ただ、自分の部屋に戻って荷物を整理した。
数日後、引っ越し業者を呼んだ。
そして、自分のお金で買ったものを全て整理した。
冷蔵庫。
洗濯機。
電子レンジ。
パソコン。
テレビ。
ソファ。
テーブル。
エアコン。
全部、私が働いて買ったものだった。
業者が家具を運び出す姿を見て、両親は初めて焦り始めた。
「ちょっと、何してるの?」
「それ全部持っていくの?」
私は答えた。
「私のお金で買ったものなので」
「持って行きます」
そして、最後に犬を抱き上げた。
「この子も連れて行きます」
両親は驚いた顔をした。
「犬まで?」
私は言った。
「この子の世話をしていたのは私です」
「ずっと面倒を見てきたのは誰か、分かっていますよね」
最後に家の鍵を置いた。
「今までありがとうございました」
「もう連絡先も必要ありませんよね」
「さようなら」
そう言って、私は家を出た。
あの日から、私は初めて自分の人生を生き始めた。
仕事を頑張り、自分の生活を作った。
もう誰かの機嫌を気にして暮らす必要はなかった。
そして数年後。
祖母が亡くなった。
その時、遺言によって財産の全てを私が相続することになった。
それを知った両親は、弁護士に言ったらしい。
「娘とは絶縁しています」
「相続なんて放棄するはずです」
しかし、弁護士は淡々と答えた。
「相続するかどうか決めるのは本人です」
「絶縁しているというだけでは、相続権は消えません」
両親は何も言えなかったそうだ。
その後、なぜか突然連絡してきた。
「もう一度家族としてやり直したい」
「昔のことは水に流そう」
でも、私は戻らなかった。
あの日、両親は私に言った。
「一人じゃ何もできない」
でも実際は違った。
一人になったからこそ、自分で人生を選べるようになった。
ちなみに、両親はその後、祖母や私に頼れなくなり、安い賃貸へ引っ越したと聞いた。
考えてみれば、あの人たちは私や祖母に頼るばかりで、自分たちで生活を築こうとしていなかった。
「出て行け」
その言葉は、私を追い出すための脅しだったのかもしれない。
でも結果的には、私を自由にするきっかけになった。
家を出た日。
私は家族を失ったんじゃない。
ようやく、自分の人生を取り戻したんだと思う。