夫の実家へ帰省していた時のことだった。
夕方、家の前で突然、義妹の大きな声が聞こえた。
「車がない!」
何事かと思って外に出ると、義妹が顔を真っ青にして立っていた。
「さっきまでここに置いてあったのに……盗まれた!」
話を聞くと、義妹は家の前に車を停めて、ほんの数分だけ家の中に入ったらしい。
しかも、
「鍵を付けたままだった」
と言う。
「忘れ物を取りに戻っただけだったの。ほんの数分よ」
義妹はそう説明した。
すぐに警察へ連絡。
田舎とはいえ、車の盗難は珍しいことではない。
家族も集まり、
「最近はどこでも物騒だから」
「まさかこんな場所で……」
と大騒ぎになった。
警察官が到着し、車の特徴や状況を確認している間も、義妹は何度も言っていた。
「誰かが隙を見て乗って行ったんだと思います」
「本当に少し目を離しただけなんです」
その時だった。
近所に住む人が慌てた様子でやってきた。
「あの……車を探しているんですよね?」
「だったら、あっちの畑を見た方がいいですよ」
「車が突っ込んでます」
その言葉を聞いた瞬間、全員が顔を見合わせた。
「……え?」
まさかと思いながら、警察と一緒に畑へ向かった。
すると、そこにあったのは――
間違いなく義妹の車だった。
大きく壊れているわけではなかったが、畑の中で止まっていた。
警察が状況を確認すると、原因はすぐに分かった。
盗まれたわけではなかった。
義妹自身が、車を動かしてしまっていたのだ。
どうやら車を降りる時、
鍵を抜くこと。
ドアを閉めること。
そこばかりに意識が向いていたらしい。
しかし、一番大事な確認を忘れていた。
シフトが「D」のままだった。
つまり、ドライブ状態。
車は無人のまま少しずつ動き出し、そのまま約100メートル先まで進んだ。
そして、道路の先にあった畑へ突っ込んで止まった。
幸い、その場所は人通りの少ない住宅街だった。
もしそこに子どもがいたら。
もし誰かが道路を歩いていたら。
考えるだけで怖くなる。
一歩間違えれば、大きな事故になっていた。
でも、私が一番驚いたのは事故そのものより、義妹の普段の性格だった。
義妹は昔から、とにかく確認を大事にする人だった。
出かける時は、
「鍵よし」
「火元よし」
「戸締まりよし」
と声に出して確認する。
家の中にはメモもたくさん貼ってあった。
「○月○日、誰が何を言った」
「○時確認済み」
そんな細かい記録まで残している。
正直、私は以前から、
「ここまで細かく確認していたら疲れないのかな」
と思っていたくらいだった。
だからこそ今回の出来事には本当に驚いた。
あれほど確認する人が、まさかシフトをPに入れるという基本を忘れるなんて。
しかも車が見つからない時、義妹は、
「誰かにイタズラされたんじゃないか」
と言っていた。
でも、原因が分かった瞬間、家族全員が納得した。
どんなに慎重な人でも、絶対にミスをしない人はいない。
むしろ「自分は大丈夫」と思っている時ほど、見落としは起きるのかもしれない。
車を降りる時の数秒。
「Pに入っているか」
「サイドブレーキはかかっているか」
その小さな確認が、自分だけでなく周りの人の命を守る。
今回、誰もケガをしなかったことだけは本当に幸運だったと思う。