エレベーターの扉が閉まる直前、私は滑り込んだ。
社長は驚いた顔でこちらを見る。
当然だった。
つい数分前に不採用を言い渡された応募者が、突然追いかけてきたのだから。
私は深呼吸しながら言った。
「3分だけください」
社長は眉をひそめた。
「もう結果は伝えましたよ」
普通ならそこで終わりだった。
でも私には失うものがなかった。
私は無言で一番上の階のボタンを押した。
そしてその下の階も。
さらにその下の階も。
気付けば、全部の階のボタンが光っていた。
社長は思わず吹き出した。
「君、何をしてるんだ?」
私は正直に答えた。
「社長と話す時間を作っています」
呆れられても仕方なかった。
それでも私は話し始めた。
「私は有名大学を出ていません」
「資格もありません」
「インターン経験もありません」
社長は黙って聞いていた。
私は続けた。
「でも、誰よりも働けます」
「誰よりも諦めが悪いです」
「だから今日だけは帰りたくなかったんです」
エレベーターは一階止まるたびに扉が開き、閉まり、また動く。
その数十秒が私には命綱だった。
私は必死に話し続けた。
学生時代のアルバイト。
失敗した経験。
悔しかったこと。
なぜこの会社に入りたいのか。
社長は一言も口を挟まなかった。
そして最後の階に到着した時だった。
社長が静かに言った。
「普通なら迷惑だよ」
私は頭を下げた。
「分かっています」
「でも普通に面接を受けていたら、私は他の応募者に勝てません」
社長は少しだけ笑った。
「なるほどね」
それだけ言ってエレベーターを降りていった。
私は終わったと思った。
やり切った。
恥も外聞も捨てた。
だから後悔はなかった。
数日後。
知らない番号から電話がかかってきた。
恐る恐る出ると、
「先日の件ですが、もう一度面接に来ていただけますか?」
と聞こえた。
一瞬、意味が分からなかった。
後日、採用が決まった時に社長はこう言った。
「能力だけなら上の人はたくさんいた」
「でも、あの日エレベーターに飛び込んだのは君だけだった」
私はその言葉を今でも忘れられない。
コネもない。
学歴もない。
特別な才能もない。
そんな人間に残された武器は多くない。
でも一つだけある。
恥をかく覚悟だ。
あの日、全ての階のボタンを押した私は、人生で一番格好悪かった。
そして同時に、人生で一番本気だった。