父が亡くなってから、一年が過ぎた。
葬儀の日、私は泣く余裕すらなかった。父の介護を何年も続け、貯金も仕事も失い、気づけば自分には何も残っていなかったからだ。
さらに追い打ちをかけたのが遺産の話だった。
父が残したのは莫大な借金。
マンションは長女の雪へ、預金は次女の彩へ。
末っ子の私には、一円もなかった。
「なんで俺だけ…」
何度もそう思った。
父を一番近くで看病していたのは私だった。
夜中に呼ばれれば起き、食事を作り、身体を拭き、病院へ連れて行った。
それなのに、最後に残されたのは借金だけ。
姉たちは父の死後すぐに旅行へ行き、SNSには高級ホテルや海外レストランの写真が並んでいた。
その頃の私は、油まみれの作業服で工場に立っていた。
父の友人である山田社長に拾われ、町工場で働いていたのだ。
「これが溶接か!やり直せ!」
毎日のように怒鳴られた。
火花が腕に飛び、手は火傷だらけ。
冬は指先の感覚が消えるほど寒い。
でも辞める場所すらなかった。
ある日、姉からメッセージが届いた。
「母さんの誕生日、二万円ずつ出すから」
私はスマホを見つめたまま固まった。
通帳残高は四十万円。
家賃と生活費を払えば、ほとんど残らない。
でも断れば、
「親不孝」
と言われる気がした。
その夜、私は倉庫の隅で一人泣いた。
惨めだった。
父に愛されなかった人間みたいで。
数日後、工場で足を踏み外し、私は病院へ運ばれた。
足首の捻挫。
しばらく仕事はできない。
ベッドの上で天井を見ながら、
「これでクビかな」
とぼんやり考えていた。
その時だった。
病室のドアが開き、山田社長が入ってきた。
いつもの怒鳴る顔じゃなかった。
静かに椅子へ座ると、低い声で言った。
「たけし、お前に話さなきゃいけないことがある」
私は黙っていた。
すると社長は、鞄から分厚い書類を取り出した。
「この会社、元々はお前の父親と一緒に作ったんだ」
意味が分からなかった。
社長は登記簿を机へ置き、私を見た。
「お前の父親は亡くなる前に言ってた。“たけしには、すぐ金を渡すな”ってな」
私は息を呑んだ。
「苦労も知らずに金だけ持てば、人は弱くなる。だから五年間、自分の足で立てる人間にしてくれって頼まれた」
頭が真っ白になった。
社長は続けた。
「この会社も、土地も、工場も。全部、お前名義だ」
「……え?」
「総額、五十億くらいになる」
その瞬間、今までの記憶が一気に繋がった。
父は、私を捨てたわけじゃなかった。
何も与えなかったんじゃない。
“生きる力”を先に与えようとしていたんだ。
火傷だらけの手も、
怒鳴られ続けた日々も、
泣きながら働いた夜も。
全部、
父が最後に残した教育だった。
気づけば私は、病室で声を上げて泣いていた。
悔しさじゃなかった。
ようやく、
父の愛情が分かった気がしたからだ。
帰り際、社長は不器用に笑った。
「やっと、お前に渡せる日が来たな」
私は涙を拭きながら、小さく頷いた。
あの日から私は思っている。
本当に子供を愛している親ほど、
“楽を与える”より、
“生き抜く力”を残そうとするのかもしれない。