先に言っておきます。
私は他人の子どもを見捨てられるほど冷たい人間ではありません。
だからこそ、あの日から地獄が始まりました。
私の家の前は、保育園バスの乗降場所になっています。私は足に障害があり、自宅で過ごすことが多いため、毎日娘と一緒にバスを待つ生活をしています。
ある日、同じバスに乗る年長のAくんのお母さんが迎えに来ませんでした。
保育士さんは困った顔をしながら私を見て、
「すみません、すぐ来るそうなので…」
と言って、Aくんを降ろしてそのままバスで行ってしまいました。
道路に5歳の子を置き去りにはできません。
仕方なく家で待たせることにしました。
ところが、お母さんが来たのは約2時間後。
「急な残業で。本当にすみません。」
そう何度も頭を下げられたので、その日は「大変なんだろうな」と思ってしまいました。
でも翌日も、その次の日も同じでした。
毎日2時間。
毎日「急な残業」。
私は障害があるので、自分の娘を見るだけでも精一杯です。
他人の子まで責任を持つなんて、とても無理でした。
何かあったらどうするのか。
そう思い、お母さんにも保育園にも何度も伝えました。
「私は預かれません。」
すると返ってきた言葉は、
「ほんの2時間くらいですよ。」
でした。
耳を疑いました。
親の都合。
園の都合。
でも、私の都合は誰も聞いてくれない。
私は事務長にも電話をしました。
「保護者がいないなら、バスから降ろさないでください。」
「また降ろしたら警察に相談します。」
はっきり伝えました。
事務長は面倒くさそうに、
「……はぁ。」
と返事をするだけでした。
そして翌日。
またAくんのお母さんはいませんでした。
私は「降ろさないでください」と言いました。
それなのに保育士さんは、
「お願いします!」
と言ってAくんを降ろし、バスはそのまま走り去ってしまったのです。
私はもう決めました。
今回は預からない。
すぐに110番しました。
「保護者がいない園児が置き去りにされています。」
警察を待っている間、Aくんは花壇によじ登り、飛び降りて転んでしまいました。
幸い大きなケガではありませんでしたが、私は青ざめました。
だから言ったのに。
数分後、警察が到着し、事情を説明すると、Aくんはそのまま保護されました。
すると慌てて駆け付けたAくんのお母さんは、謝るどころか私を指差して怒鳴りました。
「預かってくれる約束だったじゃないですか!」
「ケガしたんだから治療費を払って!」
「これからも面倒を見てください!」
あまりの言葉に、私は何も言えませんでした。
その時です。
警察官が静かに口を開きました。
「約束があったという証拠はありますか?」
お母さんは黙りました。
続けて警察官は保育園にも確認しました。
すると事務長は、
「そんな苦情は受けていません。」
と言い出したのです。
私はすぐに携帯を取り出しました。
事務長と話したときの通話録音です。
「保護者が来ないなら降ろさないでください。」
「また降ろしたら警察に相談します。」
そのやり取りが、はっきり残っていました。
録音を聞いた事務長は顔色を変え、何も言えなくなりました。
その後、市役所にも相談が入り、保育園の送迎方法は見直されることになりました。
保護者が来ていない場合は、確認が取れるまで園児を降ろさない。
当たり前のルールが、ようやく徹底されたのです。
私は最後までAくんを嫌いになれませんでした。
悪かったのは、子どもではありません。
「少しくらいなら大丈夫。」
その一言で責任を他人へ押し付けた大人たちだったのです。