リカのスマホには、姑からの長文メッセージが届いていた。「同居は確定事項よ。そちらに引っ越してあげるから、準備しておいて」。一方的な宣言文に、彼女はため息をついた。夫の芳樹に確認すると、やはり彼も承諾などしていないという。夜勤明けで疲れている彼の声には、困惑と焦りがにじんでいた。
事態が急転したのは、彼らの新婚旅行前日だった。姑から突然の電話がかかってくる。「空港に何時に行けばいいの?もちろん私も同行するわよ」。リカが戸惑いながら「ごめんなさい、お二人だけの予定で…」と伝えると、受話器の向こうで声のトーンが一変した。「パスポートがない?それはあなたがわざと教えなかったからでしょう!ずるい性格ね!」。いくら説明しても、姑の主張は変わらない。世間一般の常識——新婚旅行は夫婦だけのものだという理屈さえ、全く通用しなかった。
結局、芳樹がきっぱりと電話口で断った。しかし、姑の決意は固かった。彼らが新婚旅行に出発している間、姑は単身、彼らのマンションへと向かっていた。
合鍵まで密かに作って。到着した彼女を待っていたのは、開かないドアだった。「どうして鍵が開かないの!?」。イライラを爆発させながらリカに電話をかける姑。その時、リカと芳樹は帰国の飛行機の中だった。
「ママ、嘘じゃない。俺たち、引っ越したんだ。同居は絶対にしない」。芳樹の声は静かだが、震えていた。「お父さんが離婚した理由、まだ分からないの?あの時のこと、全部覚えてるよ。お前さんのわがままと被害妄想で、何度謝りに行ったか…」。長年押し殺してきた本音が、決壊した。電話の向こうで姑が何を叫んだか、もう芳樹の耳には入らなかった。
後日談として伝わってきたのは、マンション前で激昂する姑に警察が出動したという顛末だった。身元保証人として挙げた元夫(芳樹の実父)は海外在住で連絡がつかず、結局、彼女は誰にも迎えられることなく、遠い故郷へと戻っていったという。彼らの新居の場所は、最後まで教えられなかった。一方的な「嫁教育」と「同居」の強要は、血縁でさえ断ち切ることを選ばせる、重大な軋轢であったのだ。