2001年7月28日。
大学の夏休みを利用して、佐藤えみ、田中ゆき、鈴木愛の三人は長野県の奥山渓谷へキャンプ旅行に出かけた。
空は青く澄み、渓流の水は透き通っていた。
三人はテントを張り、写真を撮り、笑い合った。
どこにでもある楽しい夏の思い出になるはずだった。
しかし、その日の夕方から様子がおかしくなる。
渓流の対岸にいた四人組の男たちが、異様なほど三人を見ていたのだ。
男たちは三十代前後。
登山客のような格好をしていたが、どこか雰囲気が違った。
夕食の時間になると、一人の男が塩を借りにやって来た。
会話は普通だった。
だが男の目だけが笑っていなかった。
特にゆきをじっと見つめていた。
「なんか嫌な感じしない?」
夜になってから、ゆきがそう呟いた。
愛は笑っていたが、えみも同じ違和感を抱いていた。
その夜。
ゆきは一人でトイレへ向かう途中、渓流のさらに上流で不思議な光を見つけた。
気になって近づくと、木々の奥で大型トラックと重機が動いていた。
深夜の山奥ではあり得ない光景だった。
ゆきは慌ててえみと愛を呼んだ。
三人は木陰から様子をうかがった。
すると男たちは大量のドラム缶を地面へ埋めていた。
しかも、その中には危険物のマークが付いている。
「これ違法じゃない?」
愛が小声で言う。
ゆきは震える手でカメラを構えた。
シャッター音が夜の森に響く。
カシャッ。
その瞬間だった。
男の一人がこちらを振り向いた。
「誰かいるぞ!」
三人は血の気が引いた。
慌ててその場から逃げ出す。
森の中を必死に走る。
後ろから男たちの怒鳴り声が聞こえた。
テントへ戻った三人は震えながら話し合った。
「明日の朝すぐ警察へ行こう」
「証拠があるから大丈夫」
ゆきはカメラを握りしめた。
しかし、そのまま持っていては危険だと思った。
彼女は防水ケースにフィルムを入れ、渓谷下流の小さな洞窟へ隠した。
もしもの時のためだった。
そして深夜。
三人が眠れずにいると、テントの前に誰かが立った。
人影は動かない。
ただじっとこちらを見ている。
やがて足音は遠ざかった。
だが、それは終わりではなかった。
数時間後。
突然テントが揺れた。
誰かが外から掴んでいる。
えみは悲鳴を飲み込んだ。
愛がジッパーへ手を伸ばす。
しかし間に合わなかった。
テント後方の布が一気に裂かれた。
男たちだった。
三人は必死に逃げた。
暗闇の中を走る。
雨が降り始めていた。
ゆきは小型のカセットレコーダーの録音ボタンを押した。
少しでも証拠を残したかった。
録音には荒い息遣いが残されていた。
「誰かがついてくる」
「早く逃げて!」
「車の音がする!」
そして最後に男の声。
「フィルムはどこだ」
「それがどこにあるか言える?」
録音はそこで途切れた。
翌朝。
テントには誰もいなかった。
荷物も携帯電話も財布も残されたまま。
三人だけが消えていた。
警察は捜索した。
山を探し、川を探し、ヘリも飛ばした。
しかし何も見つからない。
対岸の四人組も姿を消していた。
事件は迷宮入りした。
そして10年が過ぎた。
2011年夏。
大雨による土砂崩れが発生する。
復旧作業中、一台の古いカセットレコーダーが発見された。
泥だらけだったが、中のテープは奇跡的に残っていた。
解析が始まる。
録音された三人の恐怖。
そして男の声。
「フィルムはどこだ」
この言葉が捜査を動かした。
警察は改めて現場周辺を調査した。
翌年。
渓谷下流の洞窟で金属製のケースが発見される。
その中には古い一眼レフカメラと一本のフィルムが入っていた。
現像された写真を見た瞬間、捜査員は息を呑んだ。
そこには重機。
大量のドラム缶。
違法な産業廃棄物の埋設現場。
そして四人組の男たちの顔が鮮明に写っていた。
真相はこうだった。
男たちは不法投棄組織のメンバーだった。
処理費用を浮かせるため、有害物質を山中へ埋めていた。
偶然それを目撃した三人は証拠写真を撮った。
男たちは証拠を回収するため三人を追った。
そして二度と帰れなくなった。
2013年。
主犯格を含む二人が逮捕された。
裁判では組織ぐるみの犯行が認定される。
判決の日。
えみの母親は法廷で涙を流した。
「娘は最後まで怖かったと思います」
「それでも真実を残してくれました」
その言葉に多くの人が涙した。
後日、奥山渓谷には小さな慰霊碑が建てられた。
そこには三人の名前と、日記帳に残されていた最後の言葉が刻まれている。
――怖い。
その一言は、ただの恐怖ではなかった。
真実を知ってしまった者たちの叫びだった。
そして10年後。
彼女たちが命懸けで残した証拠は、ついに闇の中に隠された真実を暴き出したのである。