正月の朝、私は息子の家の台所に立っていた。
夫を亡くして十ヶ月。
ひとりの家はあまりにも寒く、寂しかった。
だから私は、せめて正月だけでも家族と過ごしたかった。
孫たちのためにお年玉を用意し、朝早くからお雑煮を作った。
けれど嫁は、私の顔を見るなり不機嫌そうに言った。
「お義母さん、朝からバタバタされると落ち着かないんですけど」
私は笑ってごまかした。
やがて孫たちが起きてきた。
「おばあちゃん!」
その声だけが救いだった。
私は一人ずつポチ袋を渡した。
「はい、お年玉よ」
孫たちは嬉しそうに受け取った。
その瞬間、嫁の顔が歪んだ。
「そんな小銭で偉そうにしないでください。子供たちの教育に悪いわ」
私は言葉を失った。
助けを求めるように息子を見た。
けれど息子は嫁の隣に立ち、私を冷たい目で見下ろした。
「ババア、もう帰れよ。正月早々、雰囲気ぶち壊すな」
胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。
私は泣かなかった。
ただ静かに立ち上がり、コートを羽織った。
その時、孫の勇斗が小さく私の袖をつかんだ。
「おばあちゃん、お年玉ありがとう……」
その一言だけで、私は救われた気がした。
けれど息子は勇斗を引き離した。
「子供に変なこと吹き込むな!」
私は玄関で振り返り、静かに言った。
「喜んで帰ります」
外は雪だった。
冷たい道を一人で歩きながら、私は心の中でつぶやいた。
「もう十分よ」
その夜、家に戻った私は暗い部屋で一人こたつに入っていた。
すると突然、玄関のチャイムが鳴った。
戸を開けると、そこには雪まみれの勇斗が立っていた。
「おばあちゃん、ごめんね。僕、おばあちゃんが心配で……」
私は泣きながら勇斗を抱きしめた。
その直後、息子から電話が鳴った。
『勝手に子供を連れ去るな!誘拐だぞ!二度と俺たちの前に現れるな!』
私は静かに答えた。
「そうね。もう二度と関わらないわ」
翌朝、勇斗を駅まで送り届けたあと、私は銀行へ向かった。
そして、息子夫婦のために残していた老後資金の口座を解約した。
このお金は、もうあの子たちのものではない。
私自身の人生のために使う。
春になり、私は小さな店を開いた。
手作りのおにぎりと漬物だけを出す小さなカフェ。
看板にはこう書いた。
「おばあちゃんの店」
最初のお客さんは、近所の小学生たちだった。
「おばあちゃん、このおにぎりめっちゃ美味しい!」
その言葉を聞いて、私は久しぶりに声を出して笑った。
夜、店の明かりを消し、満月を見上げた。
私は心の中で息子夫婦に言った。
「ありがとう。あの日、私を追い出してくれたおかげで、私はやっと自由になれたわ」
家族に捨てられたと思った正月。
でも本当は、私が古い鎖から解放された日だった。
これからは誰かのためだけではなく、私自身のために生きていく。
そう思えた時、凍りついていた私の人生に、ようやく春が来たのだった。