娘が反抗期に入ったのは、中学生の終わり頃だった。
それまで「お父さん、お父さん」と後ろをついて回っていた娘が、ある日を境に夫を露骨に避けるようになった。
「お父さん臭い」
「近寄らないで」
「ほんとウザイ」
娘は軽い気持ちで言っていたのかもしれない。だが、言われるたびに夫の表情が一瞬だけ曇るのを、私は何度も見ていた。
それでも夫は怒鳴らなかった。
毎朝早く出勤し、残業をして、休日も家族のために車を出した。娘の塾代も、模試代も、受験料も、黙って支払っていた。
そして春、娘は第一志望の大学に合格した。
家中が喜びに包まれる中、夫は静かに封筒をテーブルへ置いた。中には入学金と初年度の学費の案内が入っている。
娘が当然のようにそれを見た瞬間、夫は穏やかな声で言った。
「大学合格おめでとう」
娘が笑顔で顔を上げる。
しかし次の言葉で、空気が凍った。
「臭くてうざいお父さんに、学費を出してもらう必要はないよな?」
娘の顔から血の気が引いた。
「え……冗談でしょ?」
夫は首を振った。
「冗談で人を傷つけたのは、お前の方だ」
私は何も言えなかった。夫は続けた。
「感謝しろとは言わない。でも、人に支えられている自覚は持ちなさい」
娘は初めて、父がどれほど黙って耐えていたのかを知った。泣きながら謝る娘に、夫は最後にこう言った。
「学費は出す。ただし、これからは言葉の重さを忘れるな」
その日から、娘は夫を避けなくなった。
親の愛情は、無限に甘やかすことではない。時には現実を突きつけることも、家族を守るために必要なのだ。